御曹司と愛されふたり暮らし
え?

「いえいえ、出ては行かないですよ。ちょっと留守にしていただけです」

私は慌てて大家さんの言葉を否定する。
もう。ビックリした。大家さん天然だし、ご高齢だからちょっと物忘れが多かったり、勘違いが多かったりするんだよね。


だけど大家さんは、なおも不思議そうな顔を私に向けてきて。

「そうかぃ? 困ったのぅ。ワシはてっきり、まんしょん?に引っ越していくのかと思って、この部屋をもう別の人に貸す契約をしてしまったんじゃが」


……え!?


大家さんのとんでもない発言に、今度はハルくんが口を開く。


「こんにちは、大家さん。先日この部屋の件でお話させてもらった者ですが」

ハルくんは私の一歩前に歩み出て、腰の曲がった大家さんに合わせるように、高い背をちょっと屈めて、やさしい笑顔と口調で大家さんに話しかける。


「おーおー、物忘れの激しいワシだけど、あんたのことはよく覚えてるよ。げーのーじんみたいな、いけめん、ってやつだったからのぅ。ふぉふぉふぉ。確かあんたは、戸山さんのお兄さんだったの?」

「あ、えと、ハイ。その、この部屋をほかの人に貸してしまうというのはいったいどういうことでしょうか? 僕はあの時、『一週間から一ヶ月ほど、妹がこの部屋を留守にする』という話しかしなかったと思うのですが」

ハルくんがそう言うと、大家さんは「うーん」と必死に記憶を掘り起こしているような様子で、下を向く。

そして、顔を上げると。


「確か、戸山さんがまんしょんに暮らし始めるみたいなことを聞いた気がしてのぅ。まんしょんに暮らす余裕があるなら、こんな古いアパートには戻ってこないと思ったんじゃよ」

な……なんですってーー!!


じゃ、じゃあ私はこれからいったいどうすれば!? もうこのアパートには暮らせないってことだよね!? ほかに空いてるお部屋もないし!
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