愛を紡いで、キスをして。
愛を紡いで、キスをして。
「たぶん休日出勤だろうな」


濡れた髪を拭きながら落とされた恋人の言葉に、あくまで平静を装った。
冷蔵庫からビールを出そうとしている彼が背中を向けてくれているおかげで、小さなため息は誤魔化せたはず……。



十一月もあと数分で終わるという日、『今年のイヴとクリスマスはどうする?』なんて訊いた私に告げられたのは、ちょっぴり浮かれていた気持ちを打ち消すような返答。
八年近くも付き合っていて、その半分の月日は同棲までしていて、今さらクリスマスに甘いムードを期待していたわけじゃないけれど。
それでも、心のどこかでは“今年こそは”と思っていなかったわけじゃないから、少しだけ、ほんの少しだけがっかりしてしまった。


「今、仕事が立て込んでてさ」

「そっか」

「悪いな」

「ううん、仕方ないよ。和也(かずや)にとって、今は大事な時期なんだもん」


私の隣に腰を下ろして申し訳なさそうに微笑した和也は、缶ビールのプルタブを開けたあと喉を鳴らして飲み、一日の疲労を込めたような長い息を吐いた。


「遅くなるかもしれないけど、イヴの夜は大丈夫だと思うから外で食おう。優子(ゆうこ)の好きそうな店、探しておくよ」


彼に優しく微笑まれて、笑顔を返した。
というよりも、そうすることしかできなかった。


大手製薬会社に勤めている和也は、今年度から任される仕事が一気に増えたようで、今まで以上に多忙な日々を送っている。
彼の仕事のことはよくわからないけれど、同棲していれば最近は特に忙しいのだということはわかっていたし、仕方がないとも思える。

ただ、もしかしたら……という期待を密かに抱いていた私は、和也の表情から今年も期待してはいけないのだと察して、内心では落胆せずにはいられなかった。


仲は良いと思うし、お互いのこともよく理解していて、倦怠期という感じもない。
それなのに、八年も一緒にいても未来の約束を口にしてもらえない。


八年も付き合っているから、とか。
お互いのことをよく理解し合っていて、一緒にいてとてもラクだから……とか。

長すぎる春を過ごしていることに焦りつつも“別れ”を選べない理由はたくさんあるけれど、どんな言い訳を並べても最後に辿り着く理由はただひとつ。


だって、私は彼のことを愛しているから──。

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