ever after
ウエディングデスクの担当者から披露宴の責任者として紹介されたのは、挙式の一ヶ月前だった。

そのとき、花嫁ひとりということに警戒すべきだったかもしれない。

花嫁は僕よりひとつ年上の二十九歳。
プロフィールには都内の女子大を卒業後、神奈川県内の信用金庫に勤めていると書かれてあった。

都心のラグジュアリーホテルのウエディングカウンターという華やかな場所に、彼女は居心地が悪そうに座っていた。
シンプルなグレーのパンツスーツ、髪をひとつに束ねて眼鏡をかけた、地味な印象の女性だ。

どちらかといえば、積極的にホテルウエディングを利用するタイプとは少し違う。

彼女はそんな僕の頭の中を読んだのか、


「最高のホテルで、お姫様みたいなドレスを着て、大好きな人と結婚したいって……それが小さいころからの夢だったんです。これまで友だちの結婚式に出席して、このホテルがわたしの夢に一番近かったから……」


これまで目にしてきた花嫁と同じように、彼女も、とたんに目を輝かせ始める。

僕は勝手にタイプ分けしたことを恥ずかしく思いつつ、彼女をもっと笑顔にしたくて、花婿を持ち上げる言葉を口にした。


「お嫁様の夢を叶えてくれるなんて、優しいお婿様ですね」

「いえ、彼は……こんな立派なホテルで挙式披露宴なんて、わたしには似合いませんよね。見栄を張ってるつもりじゃないんですけど……」


ふいに顔を曇らせてしまい、またもや失敗したことを悟った。


花嫁が席を外したとき、隣に座った担当者が僕に教えてくれた。
前回の打ち合わせで、差し出された見積もりを見るなり、花婿が花嫁に向かって悪態をつき始めたという。


『地味婚でよかったのに、こんなに見栄っ張りな女とは思わなかった――なんて言い出したのよ。あたしだったら、ソッコーで婚約解消するね』


三十代半ばで既婚の担当者から見て、落第点の花婿らしい。


彼女は戻ってくるなり、


「この間は見積もりのことで彼がいろいろ言ってすみませんでした。でも、わたしはこの日のために貯金してきましたから」


ドレスは気に入ったものを着たいけど、お料理のランクも下げたくないし、その代わりにお花のランク下げて、でも、できる限り見映えのよいものを……

理想と現実の間で、彼女は長年の夢を叶えるべく、僕らに向かって話し続ける。


この仕事をするようになって、女性にとって結婚式がどれほど大切か、たくさんの夢や憧れが詰まっているか、それは男の想像をはるかに超えていることを学んだ。

そんな中でも彼女は、最大級の夢をこのホテルに託してくれている。

ここまで必死に挑まれたら、なんとしても叶えてやりたい、と思うのが男の――いや、ウエディングに携わるホテルマンの心意気だろう。


「お嫁様にとって最高の一日になりますよう、全力を尽くさせていただきます!」


僕はそう宣言していた。


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