幸せに負けてください
両親と別れ、一旦ホテルから出る。そうして同じホテルの従業員通用口から入り直し、本日は三時間だけのシフトに職場へ向かった。
ホテル内の高層階にあるカフェバーが私の勤務先だ。
今日はどうやらお客様が少ないらしく、欠員補充の急な出勤に対する上司の謝罪が大袈裟だったのはそれかと推測する。
しばらくすると、お客様が全てお帰りになり、フロアは人の密度がより希薄となる。オレンジ色の控え目な照明と相まり、漂う雰囲気は寂しいばかり。
「すみません」
カウンターの内側で俯く作業をしていたものだから気が付かなかった。お客様に呼ばれるまでなんてと反省しながら顔を上げる。
「申し訳ありま……っ!?」
「どうかしましたか?」
「い、いえ。ご案内もせずに申し訳ありません」
私の不徳に寛容な様子でカウンターの外側に立っていたのは、あの男の人だった。ホテルの前で恋人に捨てられていた、彼。
「カフェオレをね……もっと、牛乳の比率増やして作ることは可能?」
そうっと、それはそれは申し訳ないといった感じでお願いをされた。
「は、い」
私が頷いたことでそんなに安堵したのか、男の人は緩やかに眉を下げた。