幸せに負けてください

私が俯こうが、日々は変わることなく過ぎていく。


その日も勤務先のカフェバーでは、常連様の風間さんがカウンターに陣どり、牛乳たっぷりの甘いカフェオレとチョコレートを嗜む。


「風間さん。今日は早くお帰りになって休まれたほうが……」


「いや。大丈夫」


いつもと異なるのは、今日の風間さんは顔色が悪く、体調が優れないようだという点。


他にお客様はなく、私はカウンターから離れられないまま彼を心配ばかりしている。距離を置くとかどうとか、このときに限っては頭から抜け落ちていた。


風間さんの手からチョコレートの包み紙がはらりと落ちたのを、反射的に手を伸ばしてキャッチしてしまった。


のだけれど……、


「あ……っ、のぅっ……風間、さん……?」


「――、なあに?」


「なあに、って、その……っ」


放して下さいと続けるはずの声は、一層込められた力によって紡げないまま萎んでいった。


「後悔するなんて……思わなかったんだ……」


顔色を更に悪くさせる風間さんの手がとても冷えていることを、私は私の手で感じていた。


チョコレートの包み紙をキャッチした私の手は、何故か風間さんの手によって捕らえられていた。
< 7 / 8 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop