幸せに負けてください
私が俯こうが、日々は変わることなく過ぎていく。
その日も勤務先のカフェバーでは、常連様の風間さんがカウンターに陣どり、牛乳たっぷりの甘いカフェオレとチョコレートを嗜む。
「風間さん。今日は早くお帰りになって休まれたほうが……」
「いや。大丈夫」
いつもと異なるのは、今日の風間さんは顔色が悪く、体調が優れないようだという点。
他にお客様はなく、私はカウンターから離れられないまま彼を心配ばかりしている。距離を置くとかどうとか、このときに限っては頭から抜け落ちていた。
風間さんの手からチョコレートの包み紙がはらりと落ちたのを、反射的に手を伸ばしてキャッチしてしまった。
のだけれど……、
「あ……っ、のぅっ……風間、さん……?」
「――、なあに?」
「なあに、って、その……っ」
放して下さいと続けるはずの声は、一層込められた力によって紡げないまま萎んでいった。
「後悔するなんて……思わなかったんだ……」
顔色を更に悪くさせる風間さんの手がとても冷えていることを、私は私の手で感じていた。
チョコレートの包み紙をキャッチした私の手は、何故か風間さんの手によって捕らえられていた。