幸せに負けてください
「こりごりだと思ってたんだ。本当に……」
抵抗を諦めた私の手は、風間さんの両の手に包まれる。
「邪魔なものでしかなかったし、本当に要らないと思った。……なのに、いつもいつも労るみたいに優しくてそれがどうにも心地よくて……」
「……、風間さん?」
手の甲に滑る指の感触に肌が粟立つ。
「人の気持ちに添った、とても素敵な接客をする子なだけだ。ぼくにでなくても。それは、一年以上見てきて解ってる。……それなのにぼくは馬鹿だから、与えてくれた優しさに、癒されて、慰められて、好きになって」
「っ」
「……でもぼくは恋愛に適さないから、それを豪語した。聞かせたかった訳じゃない……自分に、そうして課してたんだ」
風間さんはどうしようもない人だ。こんなにも私を期待させる、天才だ。
「なのに、どうしようもないくらい好きになる。必要ない仕事量でもホテルに泊まるようにして、一秒でも長く会いたいから支離滅裂に定時で上がる。……こんなことは初めてで。自分が仕向けて作った距離の遠さに寂しくなってショックを受けて……」
甘えるように見つめられ、どう答えていいか混乱する。だって――
「幸せなんだ。居てくれると。でも抗わなければ、と……」
――私だと言われた訳じゃない。明確にするのが怖いのか卑怯なのか。葛藤の、最中なのかもしれない。
その姿を愛しいと感じる私は重症だ。
相手が誰であれ、とも思う。それは悲しい想像だけれど。風間さんにだけ添えるサービスのチョコレートの意味なんて言えるわけがないけれど。
けど、どうであれ、ひとつ言える肯定がある。
「悩んでるくらいなら、早く、幸せに、負けてください」
「……でも……」
「幸せだと思うことに、抗わないでください」
包まれていた手をもっと引き寄せられ、今までで一番、距離は近付いた。
――END――