都会の片隅で
茜
私は門倉茜(かどくらあかね)。
繁華街にある小さなビジネスホテルで、フロント係をしてる。
田舎から出てきて右も左も分からないままに就職活動をして、面接で緊張するあまりうっかり訛りを出したら、かえってそれをここのオーナーが気に入ってくれて、雇われる事になったの。
客室はそう多くない小さなホテルだけれど、駅に近くて、部屋の手入れは行き届いていて、オーナーも従業員のみんなも温かくて、いいホテルだと思ってる。
そりゃあ、ここからでも見上げられる、あの白くて聳えるような高層ホテルみたいな高級感は無いけれど。
でも私は、ここが大好き。
ここでは都会での初めてのお友達もできた。黒猫のジュリエット。
少し気分屋でおしゃまさんだけど、私にはよく懐いてくれる。
子猫の頃にオーナーが拾ってきた時は、ボロボロだったのに。
今では見ちがえるぐらい気品のある子になった。
もう立派に、このホテルの看板猫ね。
この子には、私の悩みや考えている事を、色々聞いてもらうの。
私の一番の気掛かりは、正哉(まさや)の事。
私の大事な幼馴染。
同い年の彼は、高校を卒業すると都会の大学に行ってしまって、そのまま就職したから。
私が地元の大学を出て都会に来たのは、彼に会いたいからっていう不純な動機もあった。
就職先が決まって念願が叶い、真っ先に彼の部屋に会いに行ったんだけれど。
驚かせようと思って何も連絡しなかったのがいけなかったのかな。
丁度女の人と一緒に部屋に帰ってくる姿を見てしまって、とても声を掛けられなかった。
都会には綺麗な女性が多いし、彼は田舎に居た時から、女の子にとてもモテていたっけ、なんて事を思い出す。
元々私は、正哉にとって家が隣同士っていうだけの、ただの幼馴染に過ぎなかったんだと思う。
でも私が都会から泣いて逃げ帰らずに済んだのは、このホテルの人達が温かいから。
子猫を拾ってきちゃうオーナーも、娘さんの写真を持ち歩いて大事にしてる崎田さんというフロントマネージャーも、よく飴玉をくれる気のいいおばちゃんで清掃係の鈴木さんも、そしてもちろんジュリエットも。
私の小さな世界は、周りの人達のお陰でとても温かい。
だから、さあ、今日も笑顔でお客様をお迎えしよう。
自動ドアが開いた気配に気付いて、私はフロントデスクの奥で立ち上がる。
「いらっしゃいませ。ようこそ、……」
お越しくださいました、の言葉は途切れてしまった。
だって自動ドアを潜ってロビーを真っ直ぐ突っ切ってこちらにやってくる長身の男性は、正哉だったから。
繁華街にある小さなビジネスホテルで、フロント係をしてる。
田舎から出てきて右も左も分からないままに就職活動をして、面接で緊張するあまりうっかり訛りを出したら、かえってそれをここのオーナーが気に入ってくれて、雇われる事になったの。
客室はそう多くない小さなホテルだけれど、駅に近くて、部屋の手入れは行き届いていて、オーナーも従業員のみんなも温かくて、いいホテルだと思ってる。
そりゃあ、ここからでも見上げられる、あの白くて聳えるような高層ホテルみたいな高級感は無いけれど。
でも私は、ここが大好き。
ここでは都会での初めてのお友達もできた。黒猫のジュリエット。
少し気分屋でおしゃまさんだけど、私にはよく懐いてくれる。
子猫の頃にオーナーが拾ってきた時は、ボロボロだったのに。
今では見ちがえるぐらい気品のある子になった。
もう立派に、このホテルの看板猫ね。
この子には、私の悩みや考えている事を、色々聞いてもらうの。
私の一番の気掛かりは、正哉(まさや)の事。
私の大事な幼馴染。
同い年の彼は、高校を卒業すると都会の大学に行ってしまって、そのまま就職したから。
私が地元の大学を出て都会に来たのは、彼に会いたいからっていう不純な動機もあった。
就職先が決まって念願が叶い、真っ先に彼の部屋に会いに行ったんだけれど。
驚かせようと思って何も連絡しなかったのがいけなかったのかな。
丁度女の人と一緒に部屋に帰ってくる姿を見てしまって、とても声を掛けられなかった。
都会には綺麗な女性が多いし、彼は田舎に居た時から、女の子にとてもモテていたっけ、なんて事を思い出す。
元々私は、正哉にとって家が隣同士っていうだけの、ただの幼馴染に過ぎなかったんだと思う。
でも私が都会から泣いて逃げ帰らずに済んだのは、このホテルの人達が温かいから。
子猫を拾ってきちゃうオーナーも、娘さんの写真を持ち歩いて大事にしてる崎田さんというフロントマネージャーも、よく飴玉をくれる気のいいおばちゃんで清掃係の鈴木さんも、そしてもちろんジュリエットも。
私の小さな世界は、周りの人達のお陰でとても温かい。
だから、さあ、今日も笑顔でお客様をお迎えしよう。
自動ドアが開いた気配に気付いて、私はフロントデスクの奥で立ち上がる。
「いらっしゃいませ。ようこそ、……」
お越しくださいました、の言葉は途切れてしまった。
だって自動ドアを潜ってロビーを真っ直ぐ突っ切ってこちらにやってくる長身の男性は、正哉だったから。