都会の片隅で
正哉
俺は工藤正也(くどうまさや)。
商社に勤める営業のサラリーマンだ。

田舎から都会の大学に出てきて、ひたすら働いて、最近は大きな契約も任されるようになってきた。

俺の家は母子家庭で、母は仕事で家に居ない事が多くて、母親同士が仲が良かったから、子供の頃は俺はよく隣の家に預けられたものだ。

そこで隣の家の娘だった茜と、兄妹同然に育った。

二人で時を過ごす内に、茜は俺にとって、母親以外で初めて大事にしたいと思える存在になった。

都会の大学に通う事が決まって、一度告白しようとしたのだが。

向こうは俺のことをただの兄貴代わりの幼馴染だとしか思っていないかもしれないと考えたら結局何も云い出せなくて、俺はそのまま都会に出てきてしまった。

だってヘンに告白なんかしたら、今までの関係だって壊れちまうかもしれないだろ。

そう考えて、大学に通ってる間、何人か彼女を作ってもみたけれど、どうしても茜の顔が目の前にチラついて、結局長く続かなかった。

そんな或る日、母から聞いたんだ。



『茜ちゃん、そっちに就職するんですって』



嘘だろ。俺、茜から何も聞いてないけど。

近くに来るのに俺に何も連絡してこない茜を正直、少し恨んで、俺はその日、仕事が終わってから飲みに行き、すっかり酔い潰れてしまった。

一緒に付き合って俺の愚痴を聞いてくれたのは、同期の矢野だ。
女だてらに俺と同じ営業でばりばり働く総合職。
仕事上ではライバルでもあるが、良き戦友でもある。

居酒屋で根気よく俺の愚痴に付き合ってくれて、酔い潰れた俺をタクシーで連れ帰り、我が家まで運んでくれた件は、今考えても本当に申し訳ない。

長々愚痴った俺に、彼女がくれたアドバイスはシンプルだった。



「そんなに好きなら自分から会いに行きなさい」



全くその通り。
酔いが醒めてもその言葉だけは胸に刻まれたように残っていて、俺は頷くしかなかった。


待っているだけじゃ駄目なんだ。


茜が就職を決めたビジネスホテルの場所は、母から聞いている。

どうして茜はホテルに勤める事にしたんだろう、とふと考えて、幼い頃の思い出が過ぎった。

俺達が育った田舎の駅の近くに、まるで白鳥が羽を休めているような、白くて大きな綺麗な建物が有った。



『あれね、ホテルらしいよ。凄く綺麗だね。
きっとお姫様みたいな人が泊まるんだろうね。
私もいつか、あんな所に泊まれるかなあ』



なんて夢見がちに云っていたっけ。
だからかな、なんて考えたら、会いたくて堪らなくなった。

今の俺なら、そのぐらい叶えてやれる。
だから俺は矢も楯も堪らず、彼女が勤めるビジネスホテルを訪れたんだ。


彼女にプレゼントするつもりの、綺麗な指輪を持って。


だが丁度フロントに居た彼女は、俺の顔を見て表情を強張らせた。
何でそんな顔するんだよ。


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