キンダーガーテン    ~温かい居場所に~
「唯ちゃん良いなぁ~」

「ずっる~い‼」

夕食のパスタをフォークで丸めながらすねる二人。

海晴ちゃんと夏苗ちゃんには、私が羨ましく映るのかなぁ?

…不思議。



事の起こりは親子遠足。

初夏の日差しが眩しい7月。

クラスに慣れ始めた子供たちとその保護者を連れて動物園に向かう。


各クラス一台づつ観光バスを借りて、教師がガイドを務めながら親睦を深めて行くらしい。

バスでは歌やゲームで盛り上げ、到着してからは観光案内と

仕事は沢山あるみたい。

おまけに、怪我や迷子がないように広い館内を見回る仕事も。

新米教師が先ず初めにぶつかる大きな行事。

園長・主任先生、先輩先生からも沢山注意事項を言われて

すでにパンク寸前。

さすがの四人も今回はかなり心配らしく、五人集まると毎回この話題一色になる。


特にこの一ヶ月は、力が入ってて…

なぞなぞ・しりとり・クイズといった普段の遊びから

ハンカチ落としに鬼ごっこと外のレクレーションまで

先輩たちのアドバイスや本を参考に、遅くまで話し合った。

特に準備物や危険なチェックは、安全に楽しめるよう十分にした。


ここで不利なのが、年少組の私と梓ちゃん。

年齢が低すぎて、出来ない遊びが多い。

保護者も赤ちゃんを連れていたり妊婦さんが多くて…。

三人にも協力してもらって、アイデアを貰いながら沢山悩んで準備した。

計画案も主任先生にチェックしてもらって「大丈夫ですよ。」と

合格点ももらったんだけど…

ついつい悪い想像ばかりしてしまって、不安が拭い切れない。

日々の生活は、失敗がないようにビクビクしてしまうし

園に慣れた子供たちは元気いっぱいで忙しさが増してくる。

おまけに、遠足へのプレッシャーまで掛かってきて…

なかなか眠れない日が続いて、食欲まで落ちてしまった。


時々…

「先生大丈夫?」

「眠れてる?」

「顔色が悪いよ。お昼食べた?」って…

森先生にも声を掛けられるけど…ニッコリ笑ってごまかしてる。

以前だと緊張してたのに、今は怖いと思うゆとりもないみたい。

四人にも

「痩せたよ!」

「何かあったら言ってよ‼」って言われるけど…

「ダイエット中だよ!」って答えた。

一日一食の日も増えて、マズイかなぁ~とも思ったけど

皆同じ条件だもん、頑張らないと‼って…自分に言い聞かせた。



そんな時…



「危ない‼」


手を引かれて初めて気が付いた‼

……もう一段…残っていたみたい…。


高さは20㎝くらいだけど、あのままボォ~っと歩いていたら

踏み外して足を挫いていたかも…。

「ありがとうございます。」

いつものように、ニッコリ笑ってお礼を言ってたら

「先生、ちょっと…。」って…

久し振りに聞く低い声。

手を捕まれたまま、うさぎ組の自分の部屋に連れて行かれた。

「座って。」

相変わらず怒った声で言われて、子供の椅子に座らされた。

「お茶を持ってくる。」

一言告げて先生は出て行っちゃった。


また怒らせちゃったなぁ。


時計の針が、やけに大きな音を立てている。

戻って来た先生の左手には冷たいお茶。

「飲んで。」

ぶっきらぼうな先生の言葉からは、少し苛ついた響きが交ざってる。

お礼を言って、一口飲むと…

少し頭が動き始めた。


もしも助けてもらってなかったら、今頃大怪我をしていたかも。

遠足前のこの時期に怪我なんてしたら…

沢山の人に迷惑を掛けてしまっていたんだ。


危なかったぁ~!


でも…

先生はどうして怒ってるのかな?

またボォ~っとしてたから?

しっかりしなさい‼って??

あっ!それとも‼

きちんとお礼とお詫びを言わなかったからかなぁ?

びっくりして"ありがとうございます"しか言ってないもんねぇ。

先生って…礼儀に厳しそうだし。


一人で頭の中で会話をしていたら、向かいに座った先生と目線が合った。

仕事を始めてから何度も見たあの厳しい表情。


やっぱり怒らせちゃったなぁ~。

とにかく、謝らないと‼



「すみませんでした。」



「…………。
先生、顔が青いよ。寝れてる?」

謝る唯に重なる先生の会話。


ふぅ~っ…。


深いため息をひとつ吐いて。

「ねぇ先生。……何に謝った?」

ビクッて肩が揺れる。


「えっと…あの…また迷惑を…」

「迷惑⁉」

「はい。…あの…助けて頂いて、お茶も…
お時間まで取らせて…」

戸惑う唯に


「オレが怒ってるのは、分かるよね?」

「はい…。」

「何に対してかは…分かる?
先に言っておくけど…迷惑を掛けられたと思ったからではないよ。」


━━━━━━━━━━━━━━。


沈黙が流れた。


きっと…考えなさいってことだよね。


迷惑を掛けたことは違うから…

う~ん…。

一生懸命考えてるのに、答が出ない。

怒られたことが分からないなんて、幼稚園児並みだよね。



答られない私に痺れを切らしたのか

「ねぇ先生。…どうして周りに頼ろうとしない?
一人で頑張るのは偉いけど…それで倒れたら、かえって迷惑だろう。
一人で抱えられないのに、無理するな!」

「はい。」

あっ…泣きそう…。

ダメなのに…。

先生の言う事はいつも正しい。

情けなくて…涙がこぼれてしまう。

一人でやれない人間が…いくら頑張ったって…ダメなのに…



目の前に差し出されたハンカチ。


「ごめん。…意地悪言った。」


意地悪⁉


「心配で声を掛けたのに"大丈夫です"としか答ないし…
おまけに、作り笑いばかり見せるから…。」


???


「オレが怖いなら、せめて他の先生を頼ってごらん。
辛い気持ちや不安を話すだけで楽になるし、アドバイスがもらえるかもしれないだろう。
大きな行事だから、緊張するなって方が無理だと思う。
五人全員ピリピリしてるし…
それぞれ緊張してるのは見てて分かる。
ただ!先生は、今のままだと上手くいくものまでいかなくなるよ。
先生と四人の違いは、自信と信頼だろうね。
四人は、お互いも自分自身も信じているから強いんだと思う。
でもね。
先生だって頑張ってるでしょう?
四人と何も違わないんだから…自信を持ってぶつかってごらん。
それでも不安になったら、助けを求めたら良いんだよ。
絶対誰かがフォローしてくれるから。
後は、無理してでもしっかり食べて、睡眠を取ること!」

「あの…でも…四人も自分のことでいっぱいなのに…
それこそ迷惑なんて、掛けられないです。」

四人ともすっごく頑張って…自分でこなしてる。これ以上唯のことで迷惑なんて掛けられないよ。

先生が言うみたいに、今のままだと迷惑を掛けてしまう。

"もっと頑張って自分で何とかしないと‼"って心に誓ってたら…


「なら‼オレがフォローする‼」


えっ⁉

先生が⁉

フォローって…。

どうして??


戸惑っていたら。


「さっき泣かせたからねっ!
先生は…何が不安?
…言ってごらん…。」

先程とは違って優しい声音。

言葉の出ない私に

「いきなりオレを信じて頼るなんて無理だろうから…
オレの方が、失敗しないようにフォローするね。
先生は失敗を怖れず、いつもの先生でいたら良いよ。
普段子供といる時みたいに、笑ってたらいいから。」って…



< 13 / 98 >

この作品をシェア

pagetop