キンダーガーテン    ~温かい居場所に~
「先生~バスに美月ちゃんのハンカチが落ちてたよ。明日、返してあげて。」

教室のドアにもたれて、話し掛けてくれる先生。

フォローしてもらっていた頃は、先生オーラがいっぱいで緊張してたけど…

最近は少し砕けた感じで、以前とは違うどきどきを感じる。

"男の人なんだなぁ~"って思う場面にも、出くわしちゃうから戸惑う。

結局、目が見れず俯いてお礼を言ってしまった。


「唯ちゃん終わった?今夜は、素麺にするらしいよ!
帰りにネギを頼まれたから、一緒に買い物しよう‼」

窓の外では、一足先に掃除を終えた梓ちゃんが覗いてた。

「こらっ‼
梓先生、また"唯ちゃん"って!
唯先生だろう!
主任に"門を出るまでは先生ですよ!"って怒られるぞ!」


「あぁ~先生~また唯ちゃんの所に来てたのぉ?
へぇ~え!」って梓ちゃんは、注意されてるのに全然平気!

おまけに何やらニヤニヤ笑って、先生をからかってるし…

マイペースだなぁ~。


「ちょっ!先生っ。あぁ~!こっちに来て!!」

焦って梓ちゃんを引っ張って、廊下に出た先生。

二人の会話は聞こえなくなったけど…笑いながらじゃれあって

楽しそうな姿が見える。

いいなぁ~。仲良しで…


えっ‼


自分の感情にびっくり!


今、いいなぁ~って…羨ましく思ったってことだよね?

目を見て、会話すら出来ないのに。



梓ちゃんと二人、職員室に向かうと

「ねぇ~聞いてぇ~!森先生って、またうさぎ組に居たんだよぅ!」

「ウソ‼マメだねぇ~」

「報われない愛‼…可愛そうに~」

いつもの三人組は、おおはしゃぎ。

背を向けて、さっさと着替えを済ませていたら

静かになった三人の視線を感じて…


振り替えったら!ニヤニヤ笑った顔が三倍に‼

さっきまでは、梓ちゃん一人だったのに…

しかも、今回は私に向かってだよ。何だろう?

謎の多い三人はほっといて、着替えを済ませて買い物に行く用意をする。


時刻は6時を少し回ってた。

夏の太陽は、まだまだ元気でジリジリと輝き。

買い物に行く唯と梓ちゃんの影をくっきり浮かび上がらせる。


今夜の夕飯は、素麺。

玉子とネギ、キュウリだけのシンプルな具だけど、こんな暑い日には

何よりのご馳走だね。

先に帰ったメンバーが、お湯を沸かして玉子を焼いてくれていたから

後は、ネギを切って氷水で冷やすだけ。

30分もする頃には、五人でテーブルを囲みズルズルすすってる。



「ねぇ~唯ちゃん。好きな人は出来た?」

いつも唐突な海晴ちゃんの質問に、思わずむせてしまう。

コイバナ大好きな三人

テーブルに身を乗り出して聞いてくる。

「ちょっ…ちょっと~
好きな人なんていないよぅ~」

焦る私に、畳み掛けるように

「ええっ!なら、気になる人は??」

「気になる人…。」


好きな人はいないけど…気になる人は一人いる。


そう…。森先生。


今、質問されて頭に浮かんだのも先生。

でも…

正直声に出す訳にはいかないなぁ。

自分でもどうして気になるのかわからないのに…三人に話したら大変なことになるもん。

一つ目の質問が"好きな人"だったから…

きっとあらぬ方向に話しが飛んでいって

先生にだって迷惑をかけちゃうかもしれないもんね。



もう、間違った恋はしない…

誰も傷つけたくないから。

今までみたいに流されて、恋をした気になったらダメだから!



それに

先生に対しては、恋じゃないって分かるから!

今まで出会ったことのない人だから戸惑っているだけ。

怖くて厳しいだけの人だったのに…本当は温かくて優しい人だったから。

何を考えているのか全くわからないけど…

私のことを理解してくれるから…

こんな人初めてだから、戸惑って気になるだけだもん。

だから、恋とは違うの!



「こ~ら‼三人して面白がらないの!

唯ちゃんが混乱してるでしょう。ゆっくりねっ!

ねぇ唯ちゃん。今、誰か頭に浮かんだ?」

催眠術でもかけるように、唯の目を見てゆっくり話す彩ちゃん。

「えっ‼」

「あぁ~無理に話さなくていいよ。
でもね、もしも浮かんだなら…自分の心を否定しないでゆっくり考えて。
今すぐ答を見つけなくても、いつか自然に見つかるから。
否定しちゃうと正直な気持ちが隠れてしまうから。
焦らずゆっくり心に聞いてごらん。」

まるで、唯の頭の中が見えるようにアドバイスする彩ちゃん。

彩ちゃん、あなたは何者ですか?


彩ちゃんに会話を止められた三人は

「なら…彩ちゃんは?」

「そう言えば、彩って好きな人の話ししないねぇ~」

「ねぇ~ねぇ~。どんな人?」

すっかり私から彩ちゃんの恋ばなに興味が移っちゃった。

質問責めの三人に苦笑する彩ちゃん。

ごめんね。


でも…


私もちょっと聞いてみたいかも。彩ちゃんの恋ばな。

落ち着いて大人な彩ちゃんは、きっとステキな彼氏と

恋をしてるんだろうなぁって想像してたのに…

耳にしたのは、誰も予想しなかった恋。



「そんなに格好いいものじゃないよ。だって片思いだもん。もうすぐ一年になるよ。」

「ええっ!片思い?」

「一年もって、学生の頃から?」

「まさか不倫?」「既婚者⁉」

驚いて色々な事を言う三人。

「違うよ、独身。
第一、もしも既婚者でも付き合ってないんだから不倫にならないよ。
まぁ~そんな心配はないから。安心して!」

にっこり笑って話す彩ちゃんにほっとする。

「あぁ~びっくりした。下手に似合うから変な想像したよぅ~」

失礼な梓ちゃんに苦笑する。

「だったら告れば良いのに~」

「彩なら大丈夫だよ‼不毛な片思いするより、当たって砕けろだよ‼」

「それに、こんな美人に告白されて、断る奴なんていないって!」

私も海晴ちゃんや夏苗ちゃんの意見に賛成!

告白するのって、すっごく勇気がいりそうだけど

頭が良くて美人で、優しくて気配りができて…

こんなステキな女の子だもん。絶対大丈夫だよ‼

皆が心の中で後押ししてたのに。


「うーん。告白しても断られるからなぁ~。
その人、本気で好きな人がいるの。まぁ~その人も片思いなんだけどね。」

「ええっ!でも彼女じゃあないんでしょう?だったら脈あるよ!」

「そうそう!男なんて、いつまでも片思いしないって!
相手の子に告白したって、上手くいくとは限らないんだから。
彩の方を向くかもよ!」

いつも前向きな彩ちゃんが、行動しないことに皆疑問があるみたい。


「それは無理なんだぁ。
彼が片思いする前なら告白してたかもしれないけど…
今は彼女一筋だから!
それに、彼女の方も彼が好きだから。二人が付き合うのは時間とタイミングのもんだいなの。」

なんて声をかけていいか、皆が迷っていたら

「ねぇ~彩。相手の子が彼のことを好きだって分かるのは…彩の友達だから?
もしかして、彼とその子と彩って…知り合い?」

「うん‼友達。とっても大切なね‼
すっごく良い子だよ。だから、応援したくなるの…彼の恋が叶うようにって…」

「彩ちゃんも好きなのに⁉」

驚く私と梓ちゃんと夏苗ちゃんをチラッと見て

「そっかぁ~」って納得する海晴ちゃん。

いつもは、先頭切って騒ぐのに…何か知ってるのかな?

「だから、私の恋ばなはないの。もうおしまい。」

皆それ以上騒ぐことはなかった。

それぞれが彩ちゃんの恋の苦しさを理解してあげたんだろうなぁ。

私の乏しい恋愛経験だと、想像するのは難しいけど…

見た目以上に大人な彩ちゃんの考え方に感動したの。

一年も片思いする程大好きなのに

相手の恋を応援できるって…

好きの意味もわからない私からしたら、ホントに凄いことだよ!

でも…

さっき話しに出てた"友達"は、幸せな人だなぁ~。

あんなに堂々と"大切な友達"って言ってもらえて。

良い子だよって言ってたけど…ホントにそうなんだろうなぁ。

こんなに大切に思われてるんだもん。

なんだか羨ましいなぁ~。

私にもいつかそんな風に言ってくれる友達や恋人が出来るかなぁ?

私がいろんな好きを理解出来たら、もう少し親密になるのかな?

どの好きも…まだよくわからないんだ。

四人のことや先生のことを…ゆっくり考えて見ようかな?


今、気になる人。


友達と先生。


何を考えたら、答が出るのかな?


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