足らない言葉に愛を込めて

『卒業してからもそんなに仲いいなら、お前らもう付き合っちゃえばいいじゃん』

周りに冗談半分にそうけしかけられて、酔っていた哲も私もその場の勢いだけで頷いてしまった。

でも学生の時と変わらず、仕事の後に待ち合わせして行くのはラーメン屋ばかりで、会ったりお互いの部屋に行き来する回数もそれまで通り月1、2回程度。変わったのは会った日はそのまま泊まって、まるでついでみたいにセックスをするようになったことだけ。

燃え尽きてしまうことがない代わりに、いつまでも沸騰しないぬるま湯のような関係だ。たぶんそれが恋愛にさして興味がなさそうな哲には心地いいんだろう。

そんなことを思っていると不意に一人きりの部屋に電子音が響く。哲からの電話だ。電話だとますます口数が少なくなる哲は、謝罪ともう少し遅れるということだけを伝えてくる。

たった一言二言だけど、その声には疲れが出ていた。まだ新しい職場に馴染むのに苦労しているはずの時期なのに、「どうしてもクリスマスに会いたい」って可愛い女の子がするような私に似合わない我が儘を言った所為で哲は無理してくれている。

世の男が大好きな恋人を喜ばせるために選ぶような部屋を抑えておいてくれたなんて、きっと哲なりに気を遣ってくれた証拠のはずなのに、上手く言葉が喋れなくなって、黙り込んでいたら哲が『俺の話聞いてるか?』と聞いてきた。

「聞いてるよ。道混んでるんでしょ?」
『ああ。夕飯の予約、キャンセルになって本当悪かった』
「もう、いいって」

哲は、何も悪くない。

「あのね、哲」
『何だ』

哲はそれでも、私のことを彼女として扱おうとしてくれてる。だけど。

「今日はもう疲れてるでしょ?」
『まあな』
「………だったら無理して来なくていいよ。だってほら、この部屋と夜景、私だけで独り占めするのも滅多に味わえない贅沢だし」

当てつけめいた言葉が、強がりきれずに震えてしまう。堪え切れなくて、目頭に熱がこもっていく。

『…………泣いてるのか』

なんだか景色に感動して、って誤魔化そうとして出来なくて。「なんかね。もう哲、友だちに戻ろっか」と言っていた。だって本当はずっとつらかった。何度も『友だちみたいな彼女』でもいいと思おうとした。でも先月、その思いを哲に挫かれた。

『お前、俺と付き合っててずっと無理してた?』

哲はまるで日頃の罪滅ぼしみたいにこのホテルを予約してくれたけど、素敵な分だけ悲しかった。私に言われたから仕方なくじゃなくて、私と特別な時間を過ごしたいって哲に思って欲しかった。

哲といることが苦しくなってしまうくらいなら、恋人になんてならなければよかったのかもしれない。そうしたらぬるま湯みたいな友情の果てにいつか彼を諦められたかもしれないのに。

でもすぐに断ち切るにはあまりに長い間彼を思い続けていたから、私はいつだって哲の彼女でいることに必死だった。

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