足らない言葉に愛を込めて
「薔薇……?」
哲は私みたいに特別おしゃれな恰好なんてしてきてないけど、腕の中には抱えるような大きな花束があった。情熱的な真っ赤な薔薇。その鮮やかな大輪の花たちといつもの仏頂面の哲との取り合わせがあまりにもちぐはぐすぎて何も言えずにいると、哲は「似合わないとかいうなよ」と先手を打ってくる。
「どうしたのこれ……すごく綺麗」
「だろ。丹精込めて育てた中から選りすぐったヤツだからな」
「………育てた?」
「受け取れよ。あとこれ、プレゼン資料な」
そういって肩掛けのバッグに詰めてあった書類を取り出す。ビジネス用に使われる、およそクリスマスには相応しくないA4の封筒には何かが印字してある。
『株式会社 小橋園芸 代表 小橋哲』
「………え、代表って………」
「社長な。今は修行中でただの名ばかりだけど」
哲はぼそっと「お前、俺がやりたいならスーツ着てる仕事じゃなくてもいいって言ってくれたから」と呟く。
それから哲は父親から経営している会社を譲られたこと、その園芸農園では花や苗の生産・販売は勿論のこと、美容エキス用の薔薇や贈答品などの品種を開発をする育種もやっていること、祖父の代から地道に規模を大きくしていることを訥々と語る。そういえば以前、東京の外れの方に実家があって、家業を手伝いたいと言っていた。
「転職先って、実家の………?」
「ああ。サラリーマンだと思って付き合ってた男が急に園芸農家って言われても抵抗あるだろ。で、農家でも食っていけるって経営実績と個人的な貯蓄と試算の一覧表な。試算では今すぐお前が仕事辞めても十分養ってける」
封筒の中には生真面目な哲が製作したものらしく緻密な資料が入っていて、通帳の残高のコピーや健康診断の結果までも添付されていた。笑うなと言われても、これを大真面目に作成したという気迫が文面から伝わってきてどうしても笑みが込み上げてくる。だってこの資料は、哲が私との将来をものすごく真剣に考えてくれた証だ。
「ごめんごめん。でも生まれて初めて貰うラブレターがこんな分厚いとは思わなかったから」
「ラブレター?」
「違った?」
「……俺は理詰めで行くしか能がないんだよ。で、どうだ?」
哲はそう言ったきり私を見つめて黙り込む。無表情に見えるその顔が、本当は緊張で強張っているのが私には分かってしまう。哲ってずるい。自分じゃ何も言わないくせに、私からの返事を待っている。