古の姫君



アースヘイムのやや北に位置するバレンシアは、戦術と魔術に長けた大きな国である。
そんなバレンシアの君主たる若き王 シオン・アラスタ・ダルクールは、城内の一室で1冊の分厚い本を読んでいた。


「やれやれ、ノックをしても返事がないものなので、なにをしているかと思えば、仕事を放置して今度は読書ですか。」
「あぁ、アベル。戻ったのか。」


机の上で山積みになった書類を見て、アベルは深いため息をついた。
呆れるアベルを横目に、シオンは本のページを捲るとおもしろげに口角を上げる。


「まぁそう怒るな。それとこれは別だ。それはそうと”例の件”はどうだった。」


シオンの言葉にアベルは「あぁ。」と思い出したような調子で声を放つ。
読書よりも”例の件”の事の方が気になるのか、アベルはシオンが持っていた重い書物を机の上に置いたのを確認して、”例の件”について話を述べた。


「彼女はやはりナターシャ・セレステ・ルーリッヒに間違いありませんでした。」
「ほう。」
「ただし…マクイルの事は分かっていたのですが、それ以外には何も知らないようで…恐らく、記憶障害でしょう。動揺させない為詳しい話については後日に引き伸ばしました。」
「記憶がない、か。」
「えぇ。まぁ、少なくともこれで彼女が何者かを突き止めることができました。」


少女、いや、リディアがナタシーャの塔へ落ちたのはつい先日の話。
かつてのマクイル国民が女王の死と姫の行方不明を悲しんで建てたその塔の中に、少女が落ちたとジオラルドから報告を聞いた時は、まさか”メフィスト”の襲撃かと疑ったものだが、いざ現場に駆け寄るとナターシャ像の前にいたのは”メフィスト”でもなんでもない、ただの1人の少女だった。
雪のような肌に銀色に輝く髪を見て、その場にいた誰もがマクイルの王族だと確信した。
なぜなら、銀色の髪はマクイルの王族しかもたない特殊な色だからだ。
ましてやナターシャの像の前に落ち、傷があれだけで済むなんて薄気味が悪い程につじつまが合う。


「…古の姫、か。」


シオンは黒い髪を垂らし、手のひらに顎を乗せるとアメジストの瞳を先ほど読んでいた本の題名に向けた。
”マクイルの歴史”
その名の通りマクイル歴史について綴られた古代から伝わる古い書物。
今のバレンシアのように偉大な国であったマクイルは、各国に名が知れ渡るほど有名な国だ。
雪の精霊と人間の間に生まれた初代国王・ロバートは何もなかった小さな地にマクイルを建国し、長年の戦争を経て巨大な国へと成長させた。
その王族は雪の精霊の血筋を引いていたためか、みな銀の髪を持っていた。
雪の精霊は今は絶滅したという話だが、かつては精霊の力でマクイルは年中雪が降っていたという。
しかし何故、行方不明とされていたマクイルの姫が、今忽然と姿を現したのか。
ただの偶然か、それともリディアが自らの力でこちらに来たのか。
後日、真相を探る為に、(いや、好奇心の方が明らかに強いが。)自分もリディアの元を訪れようとシオンは心の中で呟いた。


「アベル。」


顔を上げその名を呼ぶと、アベルは書類を整理していた手を止めた。


「ジオラルドを彼女の専属騎士に就かせろ。」
「…かしこまりました。陛下、やはりリディア様を…。」
「もちろん保護する。来週の会議でその事を正式に発表しよう。」
「はい。」


アベルは頭を下げると、ジオラルドにその報告と手続きをする為に部屋を後にした。

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