君のまなざし

距離



キスして(されて?)からも俺と絵里子さんの距離は変わらず。いや、変わったのか?わからない。
あれからほとんど会えていないのだ。

祐也はテスト前で今週のトレーニングを休んでいる。飲み会のお誘いもなし。俺も仕事の研修会で東北に出張やら大学の講習会なんかであまり店に出られないほど。

いきなりだが、鈴木は退職してしまった。
一身上の都合らしいが、どういうことなのかわからない。
辞めた後の進路は誰にも言ってないらしい。

鈴木の後は井出がメインになり、そろそろ育ってきた新人トレーナー達と穴を埋めるために頑張ってもらっている。俺は井出と共に祐也の担当もしている。
退職者が出てもトレーナーの補充は無かった。
補充されても俺は祐也の担当を辞めるつもりはないけど。

思えば、あれから絵里子さんとのたまのメールの内容も祐也がらみのことばかり。一昨日のメールは『試験前なのに自分の部屋で筋トレしていて勉強してないの。2~3日休んだくらいでそんなに筋肉は落ちてしまうのかしら』こんな感じ。
この距離感は何だろうな。



朝出勤して今日の予定をチェックすると祐也の名前があった。
試験が終わって休んだ分の振替トレーニング。
数日間休んでいたから不安なんだろうなとまだ中学生アスリートの祐也の気持ちがわかる。

その時、ポケットの携帯電話の着信を知らせる振動がした。取り出して画面の名前を確認する。

『笹崎祐也』

祐也だ。

「祐也、どうした?何かあった?今まだ学校だろ?」
「あ、はい。休み時間です。今、話せますか?」

「いいよ。急ぎ?」
「え、うーん。…山口さん、今日仕事何時までですか?」

「今日は早番だから本当は夜7時だけど、祐也のトレーニングが入ってたよな。俺が祐也の担当をやってから帰るから時間の心配はしなくてもいいよ。いつもの夜7時過ぎにおいで」
「あ、いえ。夜7時までなんですね」

「うん。でも、残るから気にしなくていいよ」
「7時に帰れるんですね」

微妙にかみ合ってないような。

「山口さん。俺、今日早く店に行って夜7時にはトレーニングを終わらせますから、帰り、俺をうちまで送ってくれませんか?」

「ん?いいけど。どうしたの?」
「ありがとうございます。また後で説明します。じゃ、授業始まっちゃうんで、また」
一方的に言って電話が切れた。なんだ?
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