君のまなざし
俺が中学生になったある日、1人で学校帰りに寄ったコンビニから出てきたところで中年男性に声を掛けられた。

「やあ、祐也くん。久しぶり」

ん?笹森の家の評判の悪い大叔父の長男だったか?
大叔父のことをうちでは密かにクソタヌキと呼んでいる。
その長男の名前はえーっと。

「あの、大叔父さんのとこの…」

「そうだよ、常務のー」
おっさんは名乗らせてもらえなかった。

「あら、康久さん。ご無沙汰いたしております」
おっさんの背後にうちの母さんが立っていた。

モデル張りの100点満点の笑顔で。
あの笑顔をするときの母さんは世界一怖いことをこのおっさんは知らない。
しかし、いつ来たんだ。

突然背後から声を掛けられたおっさんもかなり驚いたらしい。ギョッとしたように振り返って母を見た。

「え、絵里子さん。ご、ご一緒でしたか」

「いいえー、偶然なんですよ。急にどうしてもヨーグルトドリンクが飲みたくなってしまってコンビニに寄ろうかと。あら、イヤだわ。若い子みたいな事を」
うふふと笑って胸元のブローチに触れて恥ずかしがるような仕草をする。

「康久さんは?」
母さんのモデル張りの笑顔は崩れない。
ヤバイ。
母さんのあの笑顔。

「たまたま祐也くんを見かけたものだから。近況でも聞こうかと声をね」

どうやら、おっさんは体勢を立て直したらしい。声に張りが戻っている。

「あら、じゃ3人で近くのカフェでゆっくりお話ししましょうか?」

「いや、せっかくですが時間がないので。残念ですが、今日は失礼しますよ」

「そうなんですか。残念ですわ」
母さんがさもがっかりしたような表情を見せると、おっさんの頬がいやらしく緩むのがわかった。

「ではまた。絵里子さん、次回は2人きりでゆっくり会いましょう」
さっと向きを変えて早足で近くに待たせていたらしい黒塗りの車に乗り込んで去って行った。

ちっ

「絵里子さん、人前で舌打ちしちゃダメだよ」

「あ、つい」
母さんは今度は本当の笑顔を見せて再び胸元のブローチに触れた。
あれはボイスレコーダーだ。
どこかを触ると無線機にもGPS発信機にもなるらしい。

母さんのはプライバシーの問題でスイッチでON.OFができるらしいけど、俺の持たされてるやつにはスイッチなどない。俺のプライバシーはどうなってるんだよ。

「あのクソタヌキめ」

どうやら今の『康久さん』というクソタヌキの長男の登場は母さんの怒りを買ったようだ。

母さんは昔から自分に対する笹森の関係者からの攻撃を受け流してきていた。モデル張りの笑顔と女優のような仕草と泣きの演技で。

笹森の金目当ての悪女と言われようが他に何と言われても、平気な顔をして離婚後も笹森の名前のまま株式も不動産も維持していた。

それは自分を可愛がり大切にしてくれた笹森の義父母のため。そう、全て2人が望んだから。
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