君に、一年後の約束を。
来るはずのない人
「お客様、ラストオーダーになりますが、ご注文はいかがなさいますか」
遠慮がちに掛けられた声に、左手の腕時計に視線を落とした。
―――23:30
その事実を確認して、心の中で溜息を漏らす。
「グラスシャンパンをお願いします」
「かしこまりました」
嫌な顔一つせず、それどころか完璧な営業スマイルを浮かべて、ウエイターさんが注文を受けてくれた。
ここに来てから、約三時間。
カクテル三杯と前菜の盛り合わせ一皿だけで時間を潰していた私。
迷惑な客であることは自覚しているけれど、静かで居心地のよい空間に甘えてラストオーダーまで粘ってしまった。
やっぱり、来なかった。
自嘲的な笑みが漏れる。
カラン。
グラスを軽く回すと、涼やかに氷の音が鳴った。
残っていたカクテルは氷で薄まって、すでに何のカクテルか分からない位味がぼやけている。
一気に煽ったそれに、最早アルコールとしての役目はない。
今日が終わるまで酔わずにいようと思っていたけれど、今はアルコールの力を借りて一時でも全て忘れてしまいたかった。
役目を果たさなかった向かいの空席から目を逸らして、一年前と変わらない、窓の外にある夜景に目を向けた。
あいつが来ないって、分かってた。
それでもここに来てしまったのは、あいつを忘れる為に必要だから。
だけど、忘れられるだろうか。
そんな弱気な考えに至った自分に、苦笑いが浮かぶ。
窓ガラスに映る顔は、頼りなく心細げに見えた。
いや、忘れなきゃ。
全て忘れて、明日からまた普通の自分に戻って彼と接しよう。
あの約束は、いつもの軽口にすぎない。
そんなこと位、分かり切っていたのだから。
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