君に、一年後の約束を。
恋しい人
ほら、やっぱり来ない。
カラン、カラン。
空になったグラスを弄ぶ。
でも本当は、あいつがここに来られないと知っていた。
今日、岳琉は泊まりの出張で県外にいる。
しかも、以前噂になった事のある後輩の女の子と一緒だということも知っている。
その女の子が、この出張中に、岳琉に告白するつもりだということも。
だから、来るはずがない。
そもそも、一年前の約束を覚えているはずがないし。
第一、会う約束すらしていない。
それなのにここに来てしまったのは。
あり得ないことを期待してしまいそうになる自分を、戒めるため。
今ならまだ、忘れられる。
傷つく前に、引き返すことができるはずだから。
「おまたせいたしました。グラスシャンパンです」
ウエイターさんの声が聞こえて、ふと意識を戻す。
「ありがとうございます」
笑顔を作って視線を向けると、トレイの上に置かれた二つのグラスが目に入る。
当然、もう一つは他のお客さんの注文だと思ったのに。
彼は、そのまま二つのグラスをテーブルに置いた。
一つは、私の前に。
もう一つは、誰も座っていない、向かいの席に。
「あの、注文は一つだったんですけど・・・」
遠慮がちに口を開くと、彼はこちらに視線を向けて優しく瞳を細めて、穏やかに微笑んだ。
「いえ、ご注文は間違いなくお二つです」
「え?」
私の疑問の声に応えることなく、彼は静かにその場を離れて行った。
呆然とその後姿を視線で追っていると。
不意に、人影が視界を遮った。
何気なく視線を上げた先に、思わぬ人が立っていて、驚きで目を見開いた。