聖夜にセレナーデ
忘れられない恋


搭乗時間のアナウンスが流れる。

時間が迫っているとはいえ、電車の駅構内ほどの慌ただしさのない雰囲気が、''別れ''を嫌に実感させる。

一筋の涙が流れる。

笑顔で見送ると決めていたのに。

『世界で1番愛している。』

私の頬に手を添えて、涙を拭ってくれた彼はそう言って微笑んだ。

神様はなんて残酷なんだろう。

こんなにも愛してるのに。

こんなにも愛されているのに。

嫌だと言ったら彼はきっと海の向こうへ行かず今すぐ踏みとどまってくれるだろう。

でも言わない。

私なりの精一杯の誠意と気遣いだ。

幼い頃からずっと一緒にいた彼の事が大切で愛おしくて、そして何より、心から尊敬してるから。

親しき中にも礼儀ありってよく言うけれど本当だと思う。

お互いに気遣ってこれたから、ここまでお互いを知る事ができたし、愛も深まった。

彼の夢を応援しているから。

彼の1番のファンでいたいから。

彼の1番の理解者でありたいから。

だから、これまでの感謝をこめて、硬く口を結んだんだ。



−−−−−



もうそろそろ言い出すんじゃないか。

前からずっとそう思っていた。

そして今年の夏、彼は思った通り打ち明けてきた。

『世界で戦ってくる。』

言われてすぐに何の事なのか分かった。

すでに覚悟はしてたんだ。

きっと神様が日本には留めないだろうって、彼はそう思えるほどの天才だったから。

『分かった。』

だからその場ですぐに返事が出来た。



−−−−−



『いつになるか分からない。
男としてやるべき事を成し遂げられたらその時帰ってくる。
連絡を取る事は甘えに繋がるからしない。
勝手な事言って本当にすまない。』

ほんとだよ。

いつだってそうだったし。

でもいいの。

『貴方は神様に選ばれた人なんだから。』

−−''頑張って。''−−

本当に言いたい言葉を胸の内に隠す。

出てきた言葉は、生ぬるい気持ちじゃ生きていけない世界へ今まさに闘いを挑もうとしてる彼に向けた言葉。

『世界1愛してる。
これからもお前しか愛せない。』

そう言って抱き締めてくる彼の温もりを静かに感じる。

『私も貴方を愛してる。』

彼の背に腕を回す。

''待ってるから。''

その言葉を言う前に降ってきたのは、

『待たなくていい。』

そんな彼らしい言葉だった。

涙をそそる。

一見すると冷たい言葉だけど…。

『帰ってきた時お前が他の男と結婚していてもそれを受け入れる。
だが俺はお前を愛し続ける。』

彼は、私が待ってるって言葉すら言わなくていいように、言葉を選んでくれたらしい。

でも、それすら酷く感じる。

2人で、お互いに待つ事に責任を負いたいのに。

いつも彼は1人で責任を負おうとするんだ。

待ってるって言いたいけれど、彼の性格を考えると言えたもんじゃない。

『残酷なのは神様じゃなくて貴方なのかしらね。』

咄嗟に出てきたその言葉が当時の私の心情を1番表していたのかもしれない。

その時弾かれたように合わさる唇の感触がそれから10年経った今でもふと蘇る。−−−−−


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