聖夜にセレナーデ
いつも何処かに貴方


「おい、渡瀬!」

「はい!ただ今!」

フロントチーフに呼ばれてフロントへと向かう。

もちろん走らずに大急ぎで。



私、渡瀬 華波(わたせ かなみ)、30歳。

音大を中退した後、「君と一緒に働いてみたかった。」何て事をいわれ、大手企業に運良く就職。

後、すぐにリーマンショックが起こり、世界は不景気。

貿易産業で発達してきた私の会社はもちろん多大な影響を受け、大幅なリストラがあった。

私も茫然自失でリストラを覚悟した。

けれど、本当に恵まれていたと思う。

大学のときに、ある企業の芸術振興企画で、特別奨学生に選んで頂いたことで、フランスの国立音楽院に1年間の留学をすることが出来て。

そのときに得た、フランス語と英語の語学力を買われ、飛ばされるだけで済んだ。

飛ばされた先は都内のホテル。

それまで勤めていた企業のグループが経営しているホテルだった。

給料は半分以下。

そもそも、音大に入ったのに、音楽の道に進まなかったのは、実家に稼ぎを入れなきゃならなかったからで、決して音楽をやめたかったわけではない。

兄弟が8人いる中で、ピアノの演奏をして稼ぐだとか、先生をするだとか、そんな事口が裂けても言えなかったんだ。

ただでさえ、大学は特待生として、全額免除で通っていたぐらいなんだから。

頭が悪かった私は、音大に入るしか道はなかった。

当時はそんなこんなで、大手企業に就職した私に、両親はすごく感謝してくれたけれどね。

こんな転落人生だけれど、今の仕事も結構やりがいを感じてるんだ。

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