聖夜にセレナーデ
もうそろそろ帰ってくるよね?
そう思い始めたのは彼が旅立ってから4年たったとき。
それから6年。
ずっとずっと待ってるのに一向に帰ってくる気配がなく、気がついたら30歳になっていた私。
職場の上司からは、お見合い相手を紹介しようか、なんて、何回ももちかけられそうになったけれど、断り続けた。
いつも私の心の中には彼がいるから。
でも、先に結婚した3歳下の妹を見てると、やっぱり不安で仕方なくて。
このまま一生独身なのかな、なんて心の何処かでそう思ってしまうんだ。
なんの連絡もない、生きているかも分からない彼を待つのは本当に辛いものがあった。
けれど、去年開かれたショパン記念国際ピアノコンクール、略称ショパコン。
世界三大ピアノコンクールの1つに数えられるそのコンクールで、日本人が初めて1位をとった。
その快挙に、マスコミは多く取り上げ、瞬く間にその名が日本中に知れ渡った。
林道 春妃(りんどう はるひ)。
彼こそが、私が昔付き合っていた人で、ずっと待っている人であり、今テレビの中に映っている人。
テレビに出る彼を見る度に複雑な思いが駆け巡る。
大切な人が生きていた事への安堵感。
夢を現実にした彼への尊敬の念。
それ以上に、違う世界に住む人なんだと見せ付けられているようで、脱力感にも苛まれる。
彼がコンクールで優勝した事を知ってからは、前より''忘れられた''そう思う気持ちが増している。
だって、優勝したんだから、すぐに日本に帰ってきてもよかっただろうし。
そうせずに、1年経っても戻ってこないという事実が、根拠として結びついてしまう。
すごく寂しいけれど、きっと一生無理だけれど、たぶんもう諦めなきゃならないんだと、どこか自分で悟る事も前より確実に強くなった。
それがまた辛い。
「これで最後にしよう。」
財布から取り出したチケットを眺めながら思う。
満を持して買ったS席のチケット。
近くで彼の演奏を耳に焼き付け、彼の演奏する姿を目に焼き付けて…諦め…たい。
諦めなきゃ。
皮肉にも、コンサートは12月24日、彼がヨーロッパへ旅立った日だった。