聖夜にセレナーデ
そんな時、フロントにいたチーフに無線で呼ばれる。
フロントには常時3人いるようになっているけれど、クリスマスの夜なだけあって、お客様の数は変わらないにしろ、客層が変わってくる。
クリスマスの聖夜プランとして、少し高めの料金設定で打ち出した特別なプランは、半年前には予約で一杯になった。
普段とは違った演出でチェックインからチェックアウトまでをご案内する。
中には、サプライズを用意してくるお客様もいて、話をお聞きし、お応えするのに時間がかかった。
こんな事もあろうかと昨日からの二日間、フロントの人数をいつもより増やしてたけれど、追いつかないみたい。
そんなこんなで、追いついていないフロントから、手伝ってくれと御達しがあったんだ。
いつもだったら、勤務時間外ってことで、あまりいい気持ちはしないんだけれど、今回ばかりは進んでやりたい。
…駄目な私。
「あの、すみません。」
「はい、どういたしましたか?」
フロントへ出ると、すかさず声がかかる。
「あそこにあるピアノ、弾いてもいいですか?
愛している人の為に、サプライズしたいんですけれど。」
「…はい?」
ロビーに置いてある、自動演奏中の白いグランドピアノを指差している男性。
それはちょっと…他のお客様のご迷惑になりかねないしな…。
なんて思って、その男性の顔を見上げた時。
「…え?」
自分の目を疑う。
だって、カウンター越しの目の前にいたのは、昨日の夜、遠く離れたステージで演奏していた彼本人だったから。
「…嘘でしょ。」
ピアノに向かって歩いていく彼の後姿を呆然と見ながら呟く。
驚き固まり、止める事なんてできない。
その彼が、自動演奏を止めてしまってから、ようやく我に返り、フロントをでて駆け寄る。
「申し訳ございません、お客様。
こちらのピアノですが、自動演奏用として置いておりますので、お客様に弾いていただくことはご遠慮頂いております。」
そこまで言い終えた時、フロントでの応対を終えたのか、チーフが駆け寄ってくる。
笑顔プラスの無言で何があったんだと訴えてくるチーフ。
「こちらのお客様が、サプライズにピアノを演奏なさりたいと…。」
小声で簡潔に説明する。
状況が分かったのか、チーフもそれは出来ませんと丁寧に断ろうとしていたんだけれど。
彼の顔を見た途端に顔色が変わる。