男装した伯爵令嬢ですが、大公殿下にプロポーズされました
リリィが反対する理由を求めても、殿下は「とにかくダメだ」の一点張り。
しばらく同じ会話が繰り返されていたが、リリィの涙交じりの大声が響いた。
「お兄様の分からず屋! もう、お兄様なんて大嫌いなんだから!」
ドアが開いて閉まる音がして、泣き声が廊下から小さく聞こえた。
続いてリリィの寝室のドアの開閉する音がして、彼女の声は完全に聞こえなくなった。
止めていた手を動かし、髪を洗いながら、私はリリィを心配する。
今頃、ベッドに突っ伏して泣いているのだろうか?
慰めに行きたいけれど、寝室に入るわけにいかないし、どうしよう………。
私はベッドの方を向いてしゃがんでいて、隣の部屋に繋がるドアは後ろにあった。
木桶の中で、頭からバケツの湯をザブッと被る。
その直後に、殿下の声を後ろに聞いた。
「ステファニー、お前はリリィになにをした?」
ハッキリとしたその声は、ドア越しのものではない。
心臓が大きく跳ね、勢いよく肩越しに振り向くと、いつの間にか入ってきていた殿下が、ドアに背を預け、腕組みして私を見ていた。
殿下の寝室と、続き間を繋ぐそのドアには、鍵が付いていない。
それでも部屋を移ってからの十日ほど、ただの一度も開けられることがなかったから、安心していたのに……。