男装した伯爵令嬢ですが、大公殿下にプロポーズされました
馬車はゆっくりと、アベルの前に差し掛かる。
「来たー、お妃様ー!」と叫ぶアベルの手には、手作りの小さなブーケが握られていた。
今朝、野原の花を摘みに行き、小さな手でリボンを結んで、一生懸命に作ったものだった。
アベルの父親は、タンポポの入ったブーケに『雑草をあげる気か』と顔をしかめていたけれど、ダニエルが孫を庇って息子を宥めた。
殿下は情け深いお方だ。殿下の選んだご令嬢なら、タンポポのブーケに怒ったりするまい、と。
アベルはお妃様に呼びかけながら、ブーケを持つ手を懸命に振っていた。
しかし、アベルの声はもの凄い歓声に紛れて届かず、お妃様は顔を逆側に向けていて……。
「じいちゃん、馬車が行っちゃう!」
「アベル、暴れるな、落っこちるぞ!」
アベルとダニエルがそれぞれに慌てる中、馬車はまさに目の前を通り過ぎようとしていた。
ブーケを渡せずに終わるのかと思われたそのとき、「こら、アベル!」と叱るダニエルの声に、大公殿下の青い瞳がこちらを向いた。