男装した伯爵令嬢ですが、大公殿下にプロポーズされました
「どうしたの?」
「い、いえ。使用人にお礼の言葉など不要です。これが仕事ですので」
「うん、でもありがとう。もっと手を抜いたって誰も怒らないのに、ジャコブって丁寧だよね。
お陰で部屋はピッカピカ。気持ちよく過ごせるし、生活に困ることもない。感謝してるから、お礼くらい言わせてよ」
部屋の隅に置かれている銀色の洗面ボウルには、いつでも新鮮な水が満たされている。
その水で気持ちよく手や顔を洗えるのもジャコブのお陰に他ならず、今も感謝しながらパシャパシャと顔を洗っていた。
スッキリした顔をタオルで拭いて振り向くと、ジャコブがさっきと変わらぬ姿勢で私を見つめていて、その浅黒い頬が少しだけ赤みを帯びている。
首をかしげる私に、彼は僅かに微笑みを浮かべて言う。
「ステファン様は、貴族らしくないお方ですね」
「うん。貴族といっても、落ちぶれた田舎貴族だから仕方ないよ」
「いえ、そういう意味ではございません。私はステファン様の付き人になりましたことを誇らしく思います。
あなたは将来、他のどの貴族にも負けない、ご立派な伯爵になられることでしょう」