男装した伯爵令嬢ですが、大公殿下にプロポーズされました
大公殿下は変わらず口元に笑みを湛えて、私を見下ろしていた。
考え込んでいた私に「どうした?」と声をかけてくれるから、遠慮なく質問を口にする。
「弟君がいらっしゃるのですか?」と。
聞いた直後に驚いたのは、殿下が急に顔をしかめたからだ。
それまで私に向けてくれた優しい笑みも消え、口元を引き結び、「誰に聞いた?」と低い声で問いただされる。
「先ほどの中庭で、バルドン公爵がそのようなことを……」
去り際に『弟の代わりのつもりか』と呟いていたことを説明しつつ、うろたえる。
聞いてはいけないことだったのだろうか?
でもどうして? 弟がいるかどうかが、機密事項に当たるとも思えないのに。
殿下は怒りを抑えようとするかのように目を閉じた。
それからひと呼吸置いて、ゆっくりと瞼を開ける。
その青い瞳にはもう私を映してくれず、背を向けて歩き出し、執務机の椅子に腰かけた。
羽ペンを手に取り、仕事に戻りながら、殿下は事務的な口調で言う。
「弟はいない。いるのは妹だ。今度、ステファンにも紹介しよう」
「は、はい。ありがとうございます……」
「とっくに晩餐の時間だな。もう下がっていいぞ」