何よりも大切なモノ
「驚いたでしょ。私、高校に入ってから――ううん、中学生の頃から、佑樹君とは一言も口きいてないし」

弥生が、更に驚くべきことを言った。

好きな相手と何年も口をきいていない。

何年も口をきいていない相手を好きでいられる。

いったい何があったら、そんな状態でいられるのか。

翔一と何年も口をきかないでいられるか。

翔一が自分とはまったく口をきいてくれない人間になっても、好きなままでいられるか。

自分に置き換えて考えてみると、その異様さがはっきりと分かる。

答えはNOだ。

どちらも、絶対にあり得ない。

「どういうことなの? ごめん、私、ちょっと……」

何と言っていいのか、亜美は言葉すら失った。

自分の一番近くにいて、何もかもを理解し合えていると思っていた弥生にこんな一面があったとは、予想だにしなかった。

「ごめんね、訳が分からないよね」

それから弥生は目を閉じ、しばらくの間、何かを考えているかのように押し黙った。

「亜美……」

少しして、目を開いた弥生が言う。

「突然だけど、今日亜美の家に泊めてほしい」

本当に突然だった。

亜美は思考回路を無理やり方向転換させ、わずかな間、考えた。

「ウチは大丈夫だろうけど、弥生のところはいいの? いきなりで大丈夫?」

「うん。亜美のお母さんに電話に出てもらわなきゃだけど、大丈夫」

時間は午後7時になろうとしている。

クラブ活動が終わる時刻で、校舎も閉まる。

弥生は、今日の内に全部話したいのだろうと思った。

「いいよ。じゃあ続きはウチで」

「ありがとう。ごめんね、いきなり……でも私、亜美に話したい。今日話さないと、きっと辛くて、苦しくて……」

詳しいことは分からないが、きっと大きな感情をひた隠しにしたまま、ずっと溜め込んでいたのだろうと思った。

それをかき回し、噴き出させたのは自分だ。

ちゃんと聞いてやらなければならない責任が、自分にはある。

いや、そんなものは無くても、こんなに辛そうにしている親友を見過ごすことなどできない。

しちゃいけない。

「大丈夫だよ弥生。何も気にしなくていいから、おいで」

優しく弥生の肩を抱き、亜美が言う。

弥生は顔を伏せ、静かに涙を流していた。
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