何よりも大切なモノ
3
「そういうわけで一晩、ウチでお預かりいたしますので。ご心配なく――いえいえ、こちらこそ仲良くしていただいて――あ、はい。では替わりますね」
亜美の母親が差し出す自分の携帯電話を、弥生は一礼して引き取った。
それから程なくして電話を切ると、改めて亜美の母親に向き直り
「おばさん、突然なのにありがとうございます。お母さんからもよろしくと」
「気にしなくていいわよ。弥生ちゃんだったら、いつでも泊まりに来ていいからね」
亜美同様、気さくな性格の亜美の母親は、宿泊も弥生の家への連絡も快く引き受けてくれた。
弥生はもう一度深々と頭を下げると、横で見守っていた亜美の方を見て
「亜美も、いつでもウチに泊まりに来てねだって」
「うん」
「それより弥生ちゃん、本当にご飯いいの? 遠慮しなくていいんだよ。味の保証はできないけど、量だけは沢山あるから」
気を遣う母親に対し、弥生が何か言う前に、亜美がさっと間に入った。
「大丈夫大丈夫。おにぎりとか買ってきてるし。もし足りなかったらその時お願いするから。それじゃ弥生、私お茶持って行くから、先に部屋に行っといて」
早口に捲し立てる亜美に促されると、弥生は最後に三人に向かってもう一度頭を下げ、亜美の部屋に向かう。
階段を登る弥生の足音が完全に消えると、そこで亜美は初めて申し訳なさそうな、困ったような表情を母親に向けた。
「お母さん、悪いけど今日はそっとしておいてくれる?」
詳しく事情を話すことはできないが、それとなく察しておいてほしい。
さもないと世話好きな母親は、何かと部屋に顔を出しかねないからだ。
しかしそれは杞憂だったらしく、いつもより元気のない弥生を見て、母親はとうに察していて
「分かってるわよ。それでも一度は聞いてあげないと、失礼ってもんでしょ」
と言ってくれた。
次に亜美は、兄の方を向いた。
「兄貴は、念のためにこのまま話しかけないようにして」
すると兄は無言のまま、敬礼のように手を挙げる。
予め、「兄貴は話しかけるな」とキツく言ってあった。
純情なこの兄は、弥生を前にすると舞い上がってしまい、逆におかしなことを言う心配があったからだった。
「バカ。私には喋ってもいいわよ」
最後に父親である。
「お父さんは、まぁ、そのままで」
弥生が来てからずっと、逆さまに持った新聞紙に顔を向けている父親は、そう言うとコクりと頷いた。
恥ずかしがって弥生の顔すらまともに見ようとしないが、多少は愛想よく見せようとしたのか、無理やりつくった笑みが、未だに顔に貼り付いている。
そうこうしている間に、母親はてきぱきとお茶の用意を済ませてくれていた。
「コーヒーとかお菓子とか、すぐ出せるように用意しとくから。食べたくなったらあんた取りに来なさい」
さすがお母さんだと思った。
気の利いた世話の焼き方をしてくれる。
「ありがと。じゃあ皆、悪いけどよろしくね」
「そうだ、亜美。香菜が『また遊ぼうね』って言ってたって、それだけ伝えといてくれるか?」
遊びのことなど、今は話している状況じゃない。
兄は、皆が――自分の彼女さえも、弥生の力になってくれるからねと伝えたかったのだろうと思った。
「うん、分かった。ありがと」
そう言って、家族に背を向ける。
皆、弥生に対し、想像以上に心配りをしてくれている……亜美は密かに感動してしまった。
亜美の母親が差し出す自分の携帯電話を、弥生は一礼して引き取った。
それから程なくして電話を切ると、改めて亜美の母親に向き直り
「おばさん、突然なのにありがとうございます。お母さんからもよろしくと」
「気にしなくていいわよ。弥生ちゃんだったら、いつでも泊まりに来ていいからね」
亜美同様、気さくな性格の亜美の母親は、宿泊も弥生の家への連絡も快く引き受けてくれた。
弥生はもう一度深々と頭を下げると、横で見守っていた亜美の方を見て
「亜美も、いつでもウチに泊まりに来てねだって」
「うん」
「それより弥生ちゃん、本当にご飯いいの? 遠慮しなくていいんだよ。味の保証はできないけど、量だけは沢山あるから」
気を遣う母親に対し、弥生が何か言う前に、亜美がさっと間に入った。
「大丈夫大丈夫。おにぎりとか買ってきてるし。もし足りなかったらその時お願いするから。それじゃ弥生、私お茶持って行くから、先に部屋に行っといて」
早口に捲し立てる亜美に促されると、弥生は最後に三人に向かってもう一度頭を下げ、亜美の部屋に向かう。
階段を登る弥生の足音が完全に消えると、そこで亜美は初めて申し訳なさそうな、困ったような表情を母親に向けた。
「お母さん、悪いけど今日はそっとしておいてくれる?」
詳しく事情を話すことはできないが、それとなく察しておいてほしい。
さもないと世話好きな母親は、何かと部屋に顔を出しかねないからだ。
しかしそれは杞憂だったらしく、いつもより元気のない弥生を見て、母親はとうに察していて
「分かってるわよ。それでも一度は聞いてあげないと、失礼ってもんでしょ」
と言ってくれた。
次に亜美は、兄の方を向いた。
「兄貴は、念のためにこのまま話しかけないようにして」
すると兄は無言のまま、敬礼のように手を挙げる。
予め、「兄貴は話しかけるな」とキツく言ってあった。
純情なこの兄は、弥生を前にすると舞い上がってしまい、逆におかしなことを言う心配があったからだった。
「バカ。私には喋ってもいいわよ」
最後に父親である。
「お父さんは、まぁ、そのままで」
弥生が来てからずっと、逆さまに持った新聞紙に顔を向けている父親は、そう言うとコクりと頷いた。
恥ずかしがって弥生の顔すらまともに見ようとしないが、多少は愛想よく見せようとしたのか、無理やりつくった笑みが、未だに顔に貼り付いている。
そうこうしている間に、母親はてきぱきとお茶の用意を済ませてくれていた。
「コーヒーとかお菓子とか、すぐ出せるように用意しとくから。食べたくなったらあんた取りに来なさい」
さすがお母さんだと思った。
気の利いた世話の焼き方をしてくれる。
「ありがと。じゃあ皆、悪いけどよろしくね」
「そうだ、亜美。香菜が『また遊ぼうね』って言ってたって、それだけ伝えといてくれるか?」
遊びのことなど、今は話している状況じゃない。
兄は、皆が――自分の彼女さえも、弥生の力になってくれるからねと伝えたかったのだろうと思った。
「うん、分かった。ありがと」
そう言って、家族に背を向ける。
皆、弥生に対し、想像以上に心配りをしてくれている……亜美は密かに感動してしまった。