何よりも大切なモノ
お茶を持って二階の自分の部屋へ行くと、弥生は何か考え事をしていたのか、背の低いテーブルの上にある置き時計とにらめっこしていた。

「さ、弥生。まずは食べよ。私もうお腹ぺこぺこだし」

「うん……亜美、ごめんね。皆にまで気を遣わせちゃって」

やっぱり気づいていた。

まぁ、お母さん以外は“あれ”だから仕方ない。

「気にしなくていいよ。皆、弥生のためだったらって進んで協力してくれたんだから。あ、あと何があったかとか、そういう話はしてないからね」

「うん」

まだ元気は出ないようだ。

表情にも声にも力が無く、食欲もなさそうだったが、亜美は無理やり食べさせた。

気持ちが沈んでいるからと言って、体のバランスまで狂わせる必要はどこにもない。

食べられるなら食べておいた方がいいし、そうすることで多少は気持ちがまぎれることもある。

実際その通りになったのか、一度食べ始めると弥生は意外な食欲を見せ、おにぎり三つをペロリと平らげてしまった。

表情も、どこか和らいだように見える。

「さ、じゃあ聞かせてくれる? 話せそう?」

食後にお茶をおかわりして、一息ついたところで亜美は言った。

「うん、大丈夫」

それから弥生は一つ深呼吸すると、つと頭上を見上げる。

弥生が話し出すまで、亜美は何も言わないようにした。

「私と佑樹君、同じ中学だったって言ったよね」

「うん」

言い方は違ったが、誰でも同じ意味だとわかる。

「中学だけじゃなくてね、小学校も、幼稚園だって同じだった」

「そうだったんだ」

それを聞いて、亜美はふと思い出したことがあった。

この辺りは昔はもっと人が少なく、一校ずつある小学校と中学校の、一学年辺りの生徒数は十人とかその程度だったと――弥生自身がそう言っていたと。

おそらく幼稚園も一つなのだろう、つまり順調に行けば幼稚園から中学校まで、周りはほとんど同じ顔ぶれということだ。

さらに言えば如月高校はここから一番近い普通科の高校で――

と、そう思ったとき、亜美はさらに思い出したことがあった。

「ごめん弥生、たしか一年のとき、自分達の年代は私学とか職業科のある高校に行く人が多くて、同じ高校に入学したのは二人だって言ってたよね? それじゃもう一人が」

「うん、佑樹君だよ」

言ってから、弥生は頷いてみせた。

「ほんと、佑樹君とはずっと一緒。亜美は二年のときクラス替えで一度分かれちゃったけど、佑樹君とは高校の三年間もずっと同じクラス」

「そうだったんだ……」

弥生は少しおかしそうに笑ったが、亜美はとても笑っていられるような気分じゃなかった。

まるで運命――それも嫌な運命に、弥生が囚われているのではないかという気がした。

「それだけじゃないよ。私と佑樹君、産まれて間もない頃からずっと一緒なの」

「なにそれ、どういうこと!?」

何を言われても落ち着いて聞いてやろうと決めていた亜美だったが、早くもその決意が綻びはじめていた。

聞けば聞くほど、弥生を囚える運命の鎖が、太く強固になっていく。
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