何よりも大切なモノ
「昔ね、佑樹君のところの家族、ウチの隣に住んでたの。それで、たまたま同じ時期に私と佑樹君が産まれて……その縁でお母さん同士が友達になったんだ」

亜美は、口を開かないようにした。

今なにか言い出すと、抑えが利かなくなる、そんな気がした。

「それでお母さん同士、毎日私達を連れてお互いの家を行き来して……もちろんその頃のことなんか何も覚えてないけど、私と佑樹君を一緒に遊ばせてたって」

腰も座ってなくて、それどころかまだハイハイも出来ない二人が並べて寝かせられ、そんな二人に向かってお母さん達がガラガラを振ってあやしている――

とても幸せそうなイメージが湧く。

しかしそんな幸せなときがあった分、鎖はよけいに強く太くなる。

「私の記憶に残ってるのは、幼稚園に上がる頃からかな? そのときにはもう、佑樹君が隣にいるのが当たり前で、それで……はっきりと、好きだって思ってた。そのときは佑樹君も私のこと……二人でね、結婚の約束だってしたんだよ」

弥生が照れくさそうな、でもそれ以上に幸せそうな顔をする。

いい思い出なのだろう。

「あ、そうそう。その一年位前にね、佑樹君に妹ができてたの」

それを聞いて、亜美は目をパチクリさせた。

何も根拠はなかったが、佑樹は一人っ子なのだろうと決めてかかっていた。

「忍ちゃんって言って、私達の四つ下で……忍ちゃんがしっかり歩けるようになってからは、三人で遊ぶようになって」

四つ下ということは現在は中学二年生だ。

高校受験までまだ一年近くはある。

如月高校を受験するのか定かでないが、もし仮に、忍が二つ下までで、自分達と同時期に同じ学校に通っていたとしたら、何か変わったことがあったのだろうか――

つかの間考えた亜美だったが、すぐに無駄なことだと悟った。

自分はまだ、弥生が何を苦しんでいるのか、それすらも知らないのだ。

「それから私達が六年生まで、何も変わらずにいられた。私は相変わらず佑樹君のことが好きだったし……佑樹君は、妹が出来た分、男の子と女の子っていうことを強く意識するようになったのかな、恥ずかしがってたまに一緒に遊んでくれないことあったけど、でも同じ学校で、同じクラスで、家も隣だったから結局はいつも一緒にいてくれた。勘違いじゃなければ、私のこと好きでいてくれたと思う」

弥生は決して自意識過剰な娘ではない、むしろ自分のことについては、何事も遠慮するきらいがある。

そんな弥生がここまで言っているのだ、佑樹はきっとその頃も弥生のことが好きだったのだろう。

そして、小学六年生のときと幼稚園のときとでは、『好き』の重みは違う。

「きっと、中学生になっても高校生になっても、そのまま佑樹君のことが好きなんだろうなって思ってた」

つまり、そうならなかったということだ。

それはそうだろう。

高校三年生の現在から振り返って、もう何年も口をきいていないのだから。

いよいよ核心部分に触れる予感がして、亜美は身動ぎした。
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