何よりも大切なモノ
「それでね……」
少し間を置いて、弥生が話し出す。
が、続く言葉が出てこない。
もう一度「それでね」から言い直しても、やはり同じだった。
弥生は拳を胸に抱くようにして、堅く目を閉じた。
「弥生、大丈夫? ちょっと休憩する?」
亜美が訊ねると、弥生ははっきりと首を振った。
「このままで。ちょっとだけ、時間ちょうだい」
「いいよ、無理しないで。弥生が話せるようになるまで待ってるから」
普通に聞けば、これまでの話は、よい思い出――幸せな過去の話。
ただ亜美にはリアリティが感じられなかった。
話のなかで出てくる佑樹が、自分の知っている滝沢佑樹ではないからだ。
弥生にあんなにも辛そうな表情をさせ、涙を流させる、現在のあの無表情で物静かな滝沢佑樹は、どこで生まれたのか。
大方、佑樹を変えた原因を、弥生は自分のことのように捉え、苦しんでいるのだろうと予測できた。
「ごめん、話すね」
待つほどのこともなく、弥生が言った。
声に力が込められている。
「八月の、夏休みの終わり頃だった。急にね、佑樹君のお父さんとお母さんが離婚したの」
「離婚?」
思わず拍子抜けしたような声を出しててしまい、亜美はハッとして口を閉じた。
「うん。そのときはまだ正式な離婚じゃなかったんだろうけど、気づいたら佑樹君のお父さんがいなくなってて――あ、そうだ」
しんみりとしていた弥生の表情が、一瞬の間だけ、普段よく見せる、少し間の抜けたチャーミングな表情へと変わる。
「言ってなかったね。その頃まで佑樹君、山之内佑樹っていう名前だったの。お母さんの旧姓の滝沢になったのは、夏休みが終わって二ヶ月くらいたってからだったと思う」
「そうなんだ」
「でね、でもそのことは私にとって、大きな問題じゃなかったと思う。佑樹君さえ変わらずに傍にいてくれるなら、私にとっては何でもないことだったって……出ていった佑樹君のお父さんにも可愛がってもらってたし、寂しがったり佑樹君と忍ちゃんのことを心配したりっていうのはあっただろうけど」
やはり、弥生にとっても他人の家の離婚話は――例え好きな人の両親であったとしても、その程度の問題だったようだ。
現在なら充分な気遣いが加わるだろうが、本心としてはそれほど変わらないだろう。
しかし、言葉尻が気になった。
すると案の定、弥生は前言を撤回するように首を振り
「けど実際にはそうはならなかったの」
と続けた。
「あのね、佑樹君のお父さんがいつ家を出ていったのかって、知ってるわけじゃないの。けど夏休みがもうすぐ終わりっていう頃から、佑樹君急に私と遊んでくれなくなったから、やっぱりその頃だろうって思う」
弥生とは逆に、当事者である佑樹は両親の離婚に傷つき、好きな女の子相手だろうと遊んでなどいられなくなった。
分かるが、普通なら、それは時が癒してくれるものだろう。
それが原因で佑樹がああなってしまったとは考えにくい。
少し間を置いて、弥生が話し出す。
が、続く言葉が出てこない。
もう一度「それでね」から言い直しても、やはり同じだった。
弥生は拳を胸に抱くようにして、堅く目を閉じた。
「弥生、大丈夫? ちょっと休憩する?」
亜美が訊ねると、弥生ははっきりと首を振った。
「このままで。ちょっとだけ、時間ちょうだい」
「いいよ、無理しないで。弥生が話せるようになるまで待ってるから」
普通に聞けば、これまでの話は、よい思い出――幸せな過去の話。
ただ亜美にはリアリティが感じられなかった。
話のなかで出てくる佑樹が、自分の知っている滝沢佑樹ではないからだ。
弥生にあんなにも辛そうな表情をさせ、涙を流させる、現在のあの無表情で物静かな滝沢佑樹は、どこで生まれたのか。
大方、佑樹を変えた原因を、弥生は自分のことのように捉え、苦しんでいるのだろうと予測できた。
「ごめん、話すね」
待つほどのこともなく、弥生が言った。
声に力が込められている。
「八月の、夏休みの終わり頃だった。急にね、佑樹君のお父さんとお母さんが離婚したの」
「離婚?」
思わず拍子抜けしたような声を出しててしまい、亜美はハッとして口を閉じた。
「うん。そのときはまだ正式な離婚じゃなかったんだろうけど、気づいたら佑樹君のお父さんがいなくなってて――あ、そうだ」
しんみりとしていた弥生の表情が、一瞬の間だけ、普段よく見せる、少し間の抜けたチャーミングな表情へと変わる。
「言ってなかったね。その頃まで佑樹君、山之内佑樹っていう名前だったの。お母さんの旧姓の滝沢になったのは、夏休みが終わって二ヶ月くらいたってからだったと思う」
「そうなんだ」
「でね、でもそのことは私にとって、大きな問題じゃなかったと思う。佑樹君さえ変わらずに傍にいてくれるなら、私にとっては何でもないことだったって……出ていった佑樹君のお父さんにも可愛がってもらってたし、寂しがったり佑樹君と忍ちゃんのことを心配したりっていうのはあっただろうけど」
やはり、弥生にとっても他人の家の離婚話は――例え好きな人の両親であったとしても、その程度の問題だったようだ。
現在なら充分な気遣いが加わるだろうが、本心としてはそれほど変わらないだろう。
しかし、言葉尻が気になった。
すると案の定、弥生は前言を撤回するように首を振り
「けど実際にはそうはならなかったの」
と続けた。
「あのね、佑樹君のお父さんがいつ家を出ていったのかって、知ってるわけじゃないの。けど夏休みがもうすぐ終わりっていう頃から、佑樹君急に私と遊んでくれなくなったから、やっぱりその頃だろうって思う」
弥生とは逆に、当事者である佑樹は両親の離婚に傷つき、好きな女の子相手だろうと遊んでなどいられなくなった。
分かるが、普通なら、それは時が癒してくれるものだろう。
それが原因で佑樹がああなってしまったとは考えにくい。