何よりも大切なモノ
「なぁ美月……お前さ、クリスマスの予定って決まってんの? よかったら俺らと遊びに行かね?」

友人と二人で弁当を食べていた彼女に、不意にそんな声がかかった。

美月弥生。

如月高校の生徒の誰もが認める、学園1の美女にして、学園1の人気者。

まさに学園のアイドルといった存在だが、本人にとってはそういう扱いをされることは気恥ずかしいことのようで、従って人気を笠に着ることなく、誰に対しても明るく朗らかな態度を示している。

それがまた好感を呼び、人気に繋がってしまうという皮肉な連鎖を生んでいるのだが、彼女は態度を改めることをしない。

というより、そういう風に計算高く頭を働かせることが出来ないのだ。

そんな彼女には、この時期、必ず男子から声がかかる。

たった今、声をかけてきたのもその一人。

長身の軽薄そうな男――丸井亮介だった。

彼は笑みを浮かべながら近づいて来たかと思うと、柔らかく開いた手のひらを弥生に向け、「どう?」と訊ねた。

「丸井君。ごめんね、クリスマスは亜美とケーキだけ食べて、後は勉強する予定だから」

ナルシストの気があり、だからか自分勝手な振る舞いの多い丸井を毛嫌いしている者は多い。

特に女子の間でそうで、近づくことさえ嫌がる者もいる。

そんな丸井に対しても弥生の態度は変わらず、本当に申し訳なさそうな顔で、信実を伝え、丁寧に断りを入れた。

こういう弥生の態度を目の当たりにすると、だいたいの男は興が削がれるのか、あっさりと引き下がってしまう。

だがこの丸井という男は粘り強いのか、ただ鈍感なのか、とにかく一度断られたくらいでは決して諦めようとしなかった。

「は? 何言ってんの? せっかくのクリスマスなんだからさ、もっとパーっと」

「でも……私そういうの苦手だし」

「いやいや、苦手とか言ってないでさ……大学生になったら――」

「うるさいわね」

と、しつこく言い募ろうとする丸井の言葉を途中で遮ったのは、弥生の隣で一緒に弁当を食べていた熊田亜美だった。

「弥生はあんたなんかお断りだって言ってんのよ。これ以上しつこく言うとタダじゃおかないわよ」

言いながら自分を下から睨みつけてくる亜美に、丸井は顔を引きつらせた。

長身ということもあって、ケンカは決して弱くないと自負している丸井だが、亜美を前にするとその自負など消し飛んでしまう。

弥生の親友であると同時に彼女のナイトと渾名されている熊田亜美は、女子ボクシングのインターハイチャンピオンなのだった。

もちろんアマチュアとは言え、ボクサーがケンカをすることなどそうそう無いが、二人の単純な腕力の差は明白になっている。

一度腕相撲をしたことがあって、その時丸井は、一秒ともたず彼女に敗北を喫したのだった。

彼女に睨みつけられると、さすがの丸井も口をつぐむしかなく

舌打ちとともに「わかったよ」と捨て台詞を吐くと、ようやく引き下がって行く。

そんな丸井の背中に、傍らで息を飲んで見守っていた弥生は「ごめんね」と、もう一度声をかけた。
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