不審メールが繋げた想い
それからも、短いのだけれど、おはようだったり、おやすみだったりの挨拶程度から、今日は撮影で〇〇に行ったとか…まるで遠距離恋愛かって言うようなメールが来た。経験はないからあくまで勝手な想像だけど。ハハ。
時間差はあっても、おやすみとか、文字を見るだけでも癒されるモノだ。
…明確にはまだ誰とも解らない相手なのに。会うまでは連絡は途絶えさせてはいけないと思っているのかもしれない。熱のようなモノ、それが消えないようにって。そんなところだろう。
嫌だな…。どこかで疑いながらも不思議と癒されてる?メールを待ってる自分が居る。
恋愛じゃなくても……これではちょっとしたメル友じゃないのって…フフ。……はぁ。
そんな不思議な気持ちのまま、とうとう迎えに来るという日になってしまった。
もしかしたら、万が一がない事ではないかも知れないと思い、週末でもあるし、やり掛けた仕事がないようにと、全てを不備なく完全に終わらせて退社した。私が居なくても解るようにだ。何だか忙しそうなんで、手伝いましょうか~と言ってくれたユミちゃんの好意は丁重にお断りさせて頂いた。こういう、本来しなくていい仕事につき合わせてはいけない。
万が一を想像したら恐い。
迎えに来た車に乗り、結果、事件に巻き込まれる事になったら…、と思ったからだ。
だって…嫌よね、勝手に、“寂しいOL、変死か?!”なんて新聞の見出し…。それも下の方に小さくて目立たなく…なんて。だったら載せないでって。……あ、発見さえされないかも知れない…。謎の失踪とか?………もう…嫌だそんなの…。
前日のメールは“自称”Yさんのアドレスからだった。
【急な事で申し訳ないと思っています。明日、夜八時に〇〇駅に迎えに行きます。ナンバーは、わ✕✕ー✕✕、黒のワンボックスです。私は車には乗っていませんが、各務を信じてください。来てくれる事を願っています】
…んー、最早、迷いは無い、かな。…んー。いや、ある…か、な。ん゙ー、…ん゙ー。…初めから嘘みたいな話だけど、こうなったら会わなければ終わらないのだから。…うん。…うん。悪い想像をしたらきりがない。行くのは止めた方がいいに決まってる…のよ。……。断っていいレベルの話よね…。あ、各務さんてマネージャーの写真とか、添付してくれてもいいのにね。そしたら、会ったとき、この人だって、最低限、人違いではないって、安心にもならない安心にはなるんだけど。…。だったらいいのかって?…もう、よく解んない。全てが嘘なら、私はおしまいってこと。
結局、指定通り、JRの駅前で車を待っていた。ロータリーに居るのがいいだろうと思って、それでもあまり目立たないように端に居る事にした。
…はぁ。時計を見た。そろそろ約束した時間になる。はぁ、こうして待っていると、とんでもなくドキドキしてきた。メールが現実になりつつあるのだ。各務さんてマネージャーのことだって知らない。それこそ、本物かどうかも。女性に興味はないっていっても……見るからに恐そうな人だったらどうしよう。だから事前に写真くらいほしかったのよ。でも実際恐そうな人だったら?…だったら、知らない方がマシってことか…はぁ…もう…マッチョな人だったらどうしよう。
夜だけどここは駅。そう、お店だってまだ営業してる、人だってまだまだ居る時間帯。少しでも変だと思ったら暴れて大声を出せば何とかなる…はず、…大丈夫、大丈夫よ。全力で抵抗すれば…。はぁぁ。無意識にアキレス腱を伸ばして肩を回した。
まるで忍だ。駅前は明るいとはいえ、闇に紛れるかのように黒のワンボックスが流れるように走り込んで来た。正面の建物に埋め込まれている時計を見た。この時間は消音されていた。時刻を知らせるメロディは流れない。腕時計も見た。
約束の時間、…八時だ。間違いないだろう。
ナンバーも…わナンバー、言われた通りの物だ。確認した。今日まで暗証番号のように繰り返し覚えておいた。
……思えば黒のワンボックスなんて、いきなり連れ込まれ、誘拐に使われそうな車種とも言えるかもだ…ハハハ、…。これだってドラマの影響?完全に刷り込まれてるようだ。仕方ないよ、今、この現状が非日常なんだから。
近づいて来ると、人物を確認するかのように、ゆっくり走行し、通り過ぎてから停まった。運転席はよく見えなかった。……ゴク。喉だけが動いた。
はぁ、どうしよう。やっぱりこれって恐いかも、ドキドキが半端なくなってきた。やめて帰ろうかな。今なら知らないふりが出来るかも。走ったら振り切れる?簡単に追いつかれるか。駅に逃げ込む?もう遅い?あぁ。ふぇ~……来るんじゃなかったかも…。筋骨粒々の…ドラマで見るようなSPも兼ねたような人がマネージャーで…ガッて勢いよく連れ込まれたりしない?そして手際よくガムテを口に貼られて手を縛られて、みたいな…。あ゙ー、どうしよう。…今更泣き言を言っても遅い…、もう決めた事、向こうだって私を確認したようだし。自分から来てしまったんだから…もう仕方ないんだから。…本当にマネージャーなんだよね。
あ、運転席から黒いスーツの男性が降りたようだ。ドアを閉める音がした。早い。車に沿って後ろに向かって足早に歩き、こちら側に移動しながら上着の前を合わせてボタンを掛けた。…綺麗な動きだ。……あ。何を考えてるんだか。しっかりしなきゃ。
ガッチリした人ではない、良かった、普通の人だ。そこは…そういうことは…どうでもいいことなのよね…。体形の問題ではない。き、来た…。
側に駆け寄って来ると声を発した。
「各務です。…失礼します」
え?あ。いきなり?そう短く言葉を発して私の手を直ぐ引き、腰に手を当てると、左右を確認して車へと駆けた。…え゛ー。えー。
「あ、あの…私…」
…声、さっきのこの人の声…あれ?……この人は。
待って?名乗らなくていいの?確かにここら辺りに居たのは私だけだったけど。私がそうだって、この人は解ってるって事?
周りを見て素早くスライドドアを開け私を乗り込ませた。あっ。想像していたような、決して押し込まれるような動作ではなかった。手を添えられた。優しい誘導だった。あ。
ゆっくりとドアが閉まっていった。
自身も運転席に素早く乗り込んだ。
「すみませんいきなり乱暴に駆けたりして。大丈夫でしたでしょうか。取り敢えず出します。話は走りながら追い追いに。ベルト、してください。時間前に着けず、少し遅れました、申し訳ありません」
首を後ろに向けて話しかけられた。…あ、この声…やっぱり…。
「え…あ、は、はい、いえ。あの…えっと……間違いでなければ、確か映画館で…試写会の時…」
指示された通り、素直にシートベルトをしながら話しかけた。…そう。私、この人を知っている。会ってる。初対面ではないと思う。
「はい、あの時の男です」
「あ、はい、そうですよね。…フフフ、あ、…ごめんなさい…」
はぁ、良かった…決して笑える場面ではないのだけれど何だかちょっとホッとしたんだと思う。明らかに気が緩んだ。
黒いスーツの人が低い声で、あの時の男です、なんて、何だか可笑しい。こんな状況で笑ってる私は可笑しいのかも知れない。でも、面識があった、ただそれだけで変な緊張から少し解放されて、つい笑ってしまったのかも知れない。
「覚えていてくださって良かったです。Yのマネージャーをしています、各務、と言います」
車は走り出していた。ルームミラー越しに改めて名乗られた。
「はい、伺っています。私は…」
どうなんだろう。ニックネームとかではなく、もう、名前を言って打ち解けてしまっていいものだろうか。…本当のマネージャーさんだとして、印象は良い、……悪い人には見えないけど。
「〇ーちゃんさん、ですよね?」
「あ、まあ、確かに、はい」
マネージャーさんだから知ってるのよね?ニックネームにさんを付けて呼ばれるのも、妙な感じだ。
「本当の名前は今は結構ですよ」
「え?は、い…」
…知ってか知らずか。マネージャーは深く関与はしないって事?話し掛けられる雰囲気はとても柔らかい。…仕事上?
「あの…」
これから一体どんな話が…。
「不安ですよね、すみません。Yが居るホテルまで今からご案内します。街中は少し外してありますから、暫く走る事になります。地元でしょうから、もしかしたらご存知のホテルかも知れませんね」
え?…ホテル?…地元だから却って知らないかも。私…出無精だし、駅前とかなら、名の知れた施設は知ってるけど。外れとなると、さっぱり…。そこそこのホテルなら、名前くらいは知ってるかな。まあ、会うには、周りが閉鎖されたところでないと難しいだろうから。当然個室でないと駄目だろうし。別に、いかがわしいホテルではないだろう…。でも、場所として選ぶなら解んないよね…。
「恐いですか?不安ですよね、当然です。夜でもありますし、いきなりこんな事」
ルームミラー越しに視線を感じた。考え込んでいた伏し目がちの顔を上げた。
「あ、はい、そうですね。不審しかありませんでした。突然のメールから……結局、返信したのは私なんですが、こんな事に。来ること、会うことを断らなかった私もいけないのですが、決心して来たつもりだったのに、いざとなるとやっぱり恐くなって迷い始めて…帰りたくなりました。いまだに何がなんだか…よく解りません。恐いような、不思議な現実…なのにこうして車にも乗ってしまいました。無用心ですよね。…あ、ごめんなさい、何だか」
マネージャーだというこの人さえ信じてないような言い方をしてしまった。配慮して心配はしてくれているのに。
何だかんだ言っても、結局は理由なんかどうでもよくて、Yさん目当てに来た、そんな調子のいいファンだと思われてるのかも知れない。
「いいえ。すみません、そうですよね。勇気がいったと思います。でも、半信半疑でも来て頂けて良かった。私も映画館でぶつかったとは言え、自己紹介なんてしていない。面識も何もないのと同じです。でも間違いなくYのマネージャーなんです。一緒にメディアにでも出ていれば、多少なりとも見覚えがあったかも知れませんがそれもないですし。名刺を渡したところで、こういう状況では逆に疑心が増すかもしれない。
Yが会いたがっています。早く不安を解消されたいでしょうが…、私も今回の話を聞いて驚かされたのですが…。とにかく詳しい事は直接本人から聞いて貰えますか?」
「あ、はい…」
会いたいという理由…。マネージャーさんからは教えてもらえないんだ…。一体、どんな話がしたいのだろう。…さっぱり、見当もつかない。
本当に今から行くところにYさんが居るんだ…よね。映画館に居た人がこの人。そしてマネージャーさん。そう思えば不安が減った気がした。間違いないよね?
でも話って、一体何だろう…。勿体ぶる必要があるんだろうか、…考えたって……全然、解らない。
時間差はあっても、おやすみとか、文字を見るだけでも癒されるモノだ。
…明確にはまだ誰とも解らない相手なのに。会うまでは連絡は途絶えさせてはいけないと思っているのかもしれない。熱のようなモノ、それが消えないようにって。そんなところだろう。
嫌だな…。どこかで疑いながらも不思議と癒されてる?メールを待ってる自分が居る。
恋愛じゃなくても……これではちょっとしたメル友じゃないのって…フフ。……はぁ。
そんな不思議な気持ちのまま、とうとう迎えに来るという日になってしまった。
もしかしたら、万が一がない事ではないかも知れないと思い、週末でもあるし、やり掛けた仕事がないようにと、全てを不備なく完全に終わらせて退社した。私が居なくても解るようにだ。何だか忙しそうなんで、手伝いましょうか~と言ってくれたユミちゃんの好意は丁重にお断りさせて頂いた。こういう、本来しなくていい仕事につき合わせてはいけない。
万が一を想像したら恐い。
迎えに来た車に乗り、結果、事件に巻き込まれる事になったら…、と思ったからだ。
だって…嫌よね、勝手に、“寂しいOL、変死か?!”なんて新聞の見出し…。それも下の方に小さくて目立たなく…なんて。だったら載せないでって。……あ、発見さえされないかも知れない…。謎の失踪とか?………もう…嫌だそんなの…。
前日のメールは“自称”Yさんのアドレスからだった。
【急な事で申し訳ないと思っています。明日、夜八時に〇〇駅に迎えに行きます。ナンバーは、わ✕✕ー✕✕、黒のワンボックスです。私は車には乗っていませんが、各務を信じてください。来てくれる事を願っています】
…んー、最早、迷いは無い、かな。…んー。いや、ある…か、な。ん゙ー、…ん゙ー。…初めから嘘みたいな話だけど、こうなったら会わなければ終わらないのだから。…うん。…うん。悪い想像をしたらきりがない。行くのは止めた方がいいに決まってる…のよ。……。断っていいレベルの話よね…。あ、各務さんてマネージャーの写真とか、添付してくれてもいいのにね。そしたら、会ったとき、この人だって、最低限、人違いではないって、安心にもならない安心にはなるんだけど。…。だったらいいのかって?…もう、よく解んない。全てが嘘なら、私はおしまいってこと。
結局、指定通り、JRの駅前で車を待っていた。ロータリーに居るのがいいだろうと思って、それでもあまり目立たないように端に居る事にした。
…はぁ。時計を見た。そろそろ約束した時間になる。はぁ、こうして待っていると、とんでもなくドキドキしてきた。メールが現実になりつつあるのだ。各務さんてマネージャーのことだって知らない。それこそ、本物かどうかも。女性に興味はないっていっても……見るからに恐そうな人だったらどうしよう。だから事前に写真くらいほしかったのよ。でも実際恐そうな人だったら?…だったら、知らない方がマシってことか…はぁ…もう…マッチョな人だったらどうしよう。
夜だけどここは駅。そう、お店だってまだ営業してる、人だってまだまだ居る時間帯。少しでも変だと思ったら暴れて大声を出せば何とかなる…はず、…大丈夫、大丈夫よ。全力で抵抗すれば…。はぁぁ。無意識にアキレス腱を伸ばして肩を回した。
まるで忍だ。駅前は明るいとはいえ、闇に紛れるかのように黒のワンボックスが流れるように走り込んで来た。正面の建物に埋め込まれている時計を見た。この時間は消音されていた。時刻を知らせるメロディは流れない。腕時計も見た。
約束の時間、…八時だ。間違いないだろう。
ナンバーも…わナンバー、言われた通りの物だ。確認した。今日まで暗証番号のように繰り返し覚えておいた。
……思えば黒のワンボックスなんて、いきなり連れ込まれ、誘拐に使われそうな車種とも言えるかもだ…ハハハ、…。これだってドラマの影響?完全に刷り込まれてるようだ。仕方ないよ、今、この現状が非日常なんだから。
近づいて来ると、人物を確認するかのように、ゆっくり走行し、通り過ぎてから停まった。運転席はよく見えなかった。……ゴク。喉だけが動いた。
はぁ、どうしよう。やっぱりこれって恐いかも、ドキドキが半端なくなってきた。やめて帰ろうかな。今なら知らないふりが出来るかも。走ったら振り切れる?簡単に追いつかれるか。駅に逃げ込む?もう遅い?あぁ。ふぇ~……来るんじゃなかったかも…。筋骨粒々の…ドラマで見るようなSPも兼ねたような人がマネージャーで…ガッて勢いよく連れ込まれたりしない?そして手際よくガムテを口に貼られて手を縛られて、みたいな…。あ゙ー、どうしよう。…今更泣き言を言っても遅い…、もう決めた事、向こうだって私を確認したようだし。自分から来てしまったんだから…もう仕方ないんだから。…本当にマネージャーなんだよね。
あ、運転席から黒いスーツの男性が降りたようだ。ドアを閉める音がした。早い。車に沿って後ろに向かって足早に歩き、こちら側に移動しながら上着の前を合わせてボタンを掛けた。…綺麗な動きだ。……あ。何を考えてるんだか。しっかりしなきゃ。
ガッチリした人ではない、良かった、普通の人だ。そこは…そういうことは…どうでもいいことなのよね…。体形の問題ではない。き、来た…。
側に駆け寄って来ると声を発した。
「各務です。…失礼します」
え?あ。いきなり?そう短く言葉を発して私の手を直ぐ引き、腰に手を当てると、左右を確認して車へと駆けた。…え゛ー。えー。
「あ、あの…私…」
…声、さっきのこの人の声…あれ?……この人は。
待って?名乗らなくていいの?確かにここら辺りに居たのは私だけだったけど。私がそうだって、この人は解ってるって事?
周りを見て素早くスライドドアを開け私を乗り込ませた。あっ。想像していたような、決して押し込まれるような動作ではなかった。手を添えられた。優しい誘導だった。あ。
ゆっくりとドアが閉まっていった。
自身も運転席に素早く乗り込んだ。
「すみませんいきなり乱暴に駆けたりして。大丈夫でしたでしょうか。取り敢えず出します。話は走りながら追い追いに。ベルト、してください。時間前に着けず、少し遅れました、申し訳ありません」
首を後ろに向けて話しかけられた。…あ、この声…やっぱり…。
「え…あ、は、はい、いえ。あの…えっと……間違いでなければ、確か映画館で…試写会の時…」
指示された通り、素直にシートベルトをしながら話しかけた。…そう。私、この人を知っている。会ってる。初対面ではないと思う。
「はい、あの時の男です」
「あ、はい、そうですよね。…フフフ、あ、…ごめんなさい…」
はぁ、良かった…決して笑える場面ではないのだけれど何だかちょっとホッとしたんだと思う。明らかに気が緩んだ。
黒いスーツの人が低い声で、あの時の男です、なんて、何だか可笑しい。こんな状況で笑ってる私は可笑しいのかも知れない。でも、面識があった、ただそれだけで変な緊張から少し解放されて、つい笑ってしまったのかも知れない。
「覚えていてくださって良かったです。Yのマネージャーをしています、各務、と言います」
車は走り出していた。ルームミラー越しに改めて名乗られた。
「はい、伺っています。私は…」
どうなんだろう。ニックネームとかではなく、もう、名前を言って打ち解けてしまっていいものだろうか。…本当のマネージャーさんだとして、印象は良い、……悪い人には見えないけど。
「〇ーちゃんさん、ですよね?」
「あ、まあ、確かに、はい」
マネージャーさんだから知ってるのよね?ニックネームにさんを付けて呼ばれるのも、妙な感じだ。
「本当の名前は今は結構ですよ」
「え?は、い…」
…知ってか知らずか。マネージャーは深く関与はしないって事?話し掛けられる雰囲気はとても柔らかい。…仕事上?
「あの…」
これから一体どんな話が…。
「不安ですよね、すみません。Yが居るホテルまで今からご案内します。街中は少し外してありますから、暫く走る事になります。地元でしょうから、もしかしたらご存知のホテルかも知れませんね」
え?…ホテル?…地元だから却って知らないかも。私…出無精だし、駅前とかなら、名の知れた施設は知ってるけど。外れとなると、さっぱり…。そこそこのホテルなら、名前くらいは知ってるかな。まあ、会うには、周りが閉鎖されたところでないと難しいだろうから。当然個室でないと駄目だろうし。別に、いかがわしいホテルではないだろう…。でも、場所として選ぶなら解んないよね…。
「恐いですか?不安ですよね、当然です。夜でもありますし、いきなりこんな事」
ルームミラー越しに視線を感じた。考え込んでいた伏し目がちの顔を上げた。
「あ、はい、そうですね。不審しかありませんでした。突然のメールから……結局、返信したのは私なんですが、こんな事に。来ること、会うことを断らなかった私もいけないのですが、決心して来たつもりだったのに、いざとなるとやっぱり恐くなって迷い始めて…帰りたくなりました。いまだに何がなんだか…よく解りません。恐いような、不思議な現実…なのにこうして車にも乗ってしまいました。無用心ですよね。…あ、ごめんなさい、何だか」
マネージャーだというこの人さえ信じてないような言い方をしてしまった。配慮して心配はしてくれているのに。
何だかんだ言っても、結局は理由なんかどうでもよくて、Yさん目当てに来た、そんな調子のいいファンだと思われてるのかも知れない。
「いいえ。すみません、そうですよね。勇気がいったと思います。でも、半信半疑でも来て頂けて良かった。私も映画館でぶつかったとは言え、自己紹介なんてしていない。面識も何もないのと同じです。でも間違いなくYのマネージャーなんです。一緒にメディアにでも出ていれば、多少なりとも見覚えがあったかも知れませんがそれもないですし。名刺を渡したところで、こういう状況では逆に疑心が増すかもしれない。
Yが会いたがっています。早く不安を解消されたいでしょうが…、私も今回の話を聞いて驚かされたのですが…。とにかく詳しい事は直接本人から聞いて貰えますか?」
「あ、はい…」
会いたいという理由…。マネージャーさんからは教えてもらえないんだ…。一体、どんな話がしたいのだろう。…さっぱり、見当もつかない。
本当に今から行くところにYさんが居るんだ…よね。映画館に居た人がこの人。そしてマネージャーさん。そう思えば不安が減った気がした。間違いないよね?
でも話って、一体何だろう…。勿体ぶる必要があるんだろうか、…考えたって……全然、解らない。