不審メールが繋げた想い
「と、とにかく…離してください、こんなこと困ります」
「そうだね。落ち着こう」
…漸くだ。やっと解放されテーブルを挟み向かい合って座った。落ち着こうって言われたけど…落ち着けない。座ったけど…落ち着ける訳がない。どうしてくれるのよ。……何だか見られてるような…話があるなら、な、なんなんですか?は、早く、早く話して…。
…。
「はぁ、何だか…申し訳ない、…恥ずかしい限りだね。会えると決まってからずっと落ち着かなくて…少しは慣れたつもりでいたんだけど、あ、メール、やり取りしてたから。でも、あの程度のメールをしてたからって、やっぱり駄目だった。顔を見た途端、取り乱してしまった。…本当、恥ずかしいですね、…ふぅぅ、すみませんでした。来てくれたこと、会えたことで手に入れたって気になっちゃって、冷静に考えたらまだなのに、どんどん勝手に増幅してしまって…」
手に入れた?………は?…増幅?…何が?
頭を掻いている。その動作で若干照れているのが解った。…冷静に見ている場合じゃない。さっきから何を言ってるの。落ち着かない?それはこっちのセリフです……いや、私…、ただの素人…一般人で、貴方と直接の接点なんてなくて、それがどうしてこんな事に。抱きしめられるとか、全く解らない、普通なら逆でしょ?熱狂的ファンならファンから強引に抱き着くなら解る。それに、結婚とか、意味の解らない…とんでもない話…。全然理解できない。
全ての疑問をぶつけるような、そんな顔をして見つめた。目の前に居るのよ?この人、Yさんなんだよ?だけど本当に?…言ってる事、可笑しいよ…。一体、なに、なにがどうしたらこんなことになるの?
「ん?あ、あー…、そうですよね。まずどうしてこうなったかですよね?それを話さなければ、結婚なんて話も訳が解らない」
「はい!全然解りません、お願いします」
早く。それです、それ。ここまで、…“ノコノコ”来たんですよ?解るように説明して。…もう、身体は前のめりだ。早く全ての訳が知りたい。謎だらけ過ぎる。
「あ、…フッ、ハハ。あ、笑ったりしてすみません、不謹慎ですね。意思表示がはっきりしていて…やっぱりだ。良い…。貴女と居たら、俺は、俺で居られそうだ…」
「…え?…は?あの…話は…」
何を言ってるの…さっぱり解らない。…のんびりしてるっていいのか、意味の解らない分析みたいなもの、そんな余計なことは今はいいの、要らない。これはどういう事なのか早く教えて欲しいのよ…もう…意味が全然解らない…帰りたい。
「あー、はい、すみません。苛々させてしまいますね。あー、まずは…、えー、先に誤解を解きたい」
「…誤解?」
一体私に対して何の誤解があると言うの?
「うん。俺が数年前からつき合っている女優さんとの事なんですが、実はあれは嘘なんです」
そんな事どうだって。今、関係あるの?……え?…嘘?!
「……えっ?今何て…嘘?」
「…うん。あの報道は事務所同士が決めた事なんです。その事で、応援してくれている方々を欺いて申し訳ないと思っています。貴女にもだ。すみません。この通り謝ります。あれは、彼女を売る為に、彼女の所属事務所から、うちの事務所に持ち掛けられた事なんです」
あ、嘘…有り得ない…。いや、あるんだ。想像した事がまさか、その通りだったなんて…。本当に?そろそろ結婚するんじゃないかって、さもありげにマスコミが言ってたじゃない?それも嘘…。つき合ってもなかったの?…なんて事…。芸能界は嘘だらけじゃない…。
「嫌な話ですよね。…俺は…興味がないから詳しく知らないんだけど、その女優さん、少し前にドラマで人気が出かけたらしいんだけど、その後、あまり波に乗れなかったらしいんだ。だから、長い間浮いた噂もない俺と、そういう関係だって事にして、結婚も考えているつき合いだとしておけば、イメージも悪くないし。恋愛とか結婚話は、多少なりとも暫くは話題にされるからね。幸い、昔一度、共演もしていたから、面識がない訳でもなかった。後付けだな…。その頃から俺の事が気になってました、とか、言えば、上手くそうだったような話になる。こっちの事務所のメリットとしては、噂の出始めの頃、俺がドラマとか出てたし、その後も映画の公開も何本か立て続けに控えていたから、番宣になるからって事で…。悪い影響はないって…。恋愛の先って、結果はどうなるか解らないものだから。別れたって不思議でもないしってことで。だから彼女とは何でもないんだ。申し訳ない。騙してしまった事になる。嫌な話だよね。あ、何か飲む?ご飯まだならルームサービス頼むけど」
“誤解”を解いた。まず一山越えたと思ったのだろうか、ルームサービスなんてそんなこと…はぁ…こんな裏話、聞かないといけないものだろうか。知らなくていい事だと思う。二人の噂をまともに受け止めて、喪失感にみまわれた人も沢山居るというのに…。だから解らない、恐い世界だ。…これだって…嘘かも知れない話だ。どこまでが本当なんだか、はぁ、もう…何を信じたら…。全てが信じられなくなる。ノコノコと…恐いって思いながら、何をしに来たんだろ私…。
「…ぁ、いいえ大丈夫です。もうそんな話は…。それと結婚の話はどう結び付くんでしょうか」
もう、何だか解らない話。聞かずに帰ってもいいかも知れない。私は別に困りはしない。
冷蔵庫から数本、珈琲や水を取り出して来てテーブルに置かれた。
「好きなのがあれば、取り敢えず、飲んで?」
あ。……。ふぅ。
「…有難うございます」
要らない。お礼は言いつつも、こんな…、どうでもいい。何かを飲んだり、まして食べたりなんて、悠長になんて居られない。聞きたい事が最優先なのに。それさえ解れば話は終わりなんだから。
「俺と貴女の結婚は全くの別話」
別話…って。女優さんとの話とは違うってこと?…そんなことは。
「あの、解りません。何でしょうか。何故?どうして?別話どころか、貴方との結婚なんて、それ自体とにかく意味が解りません」
「意味は解るでしょ?」
……はぁ…、苛々する。確かにこの人は好きな人のはずなのに。話は進展しないし。話自体があり得ない事だし。…もう。
「…貴方が結婚したいと言った、その言葉そのものの意味なら解ります。それ以外の意味が全く解らないと言っているのです…。結婚、て、簡単に…。何ですか?…もう、…いくらファンでも嫌いになりそうです」
「それは困る」
困るってね…。今、こっちが困ってるんです、訳が解らなくて。
「……貴方が結婚するのは勝手です。誰とされようがされたらいいと思います。でも、何故、私?まずそれがあり得ない、可笑しいから聞いているんです。だってそうですよね?
私は確かに貴方のファンです。だけどそれだけです。結婚なんて…何?て話です。現実として…考えた事も無い…あり得ないから。私とは何も接点が無いのと同じでしょ?そんな私が、何故結婚したいと、突然言われなくてはいけないんでしょうか」
ふざけた話だと思う。私は間違ってない。一般的に、一般人の好きな人に結婚しようと言われるのとは余りにも掛け離れている。一、ファンと俳優のいきなりの結婚なんてあり得ないから…。それこそ、女優さんとの噂とは違う。Yさんにとって私は何のメリットも無いじゃない。からかうのもいい加減にして欲しい。
「俺が望んでいるからですよ」
望んでる?…はぁ、そうでしょう、そうでしょうとも。そうだから、訳が解らなくても、こうして呼び出して一方的に言ってるのでしょ?
だから…。何故?