不審メールが繋げた想い

雲を掴むような話だ。核心を言ってくれないから、いつまでもふわっとしていて何も解らない。違う、狐につままれてる?
当たり前だけど、繰り返し何度言われようと、全く実感なんて湧いて来るはずもない話。どう考えてもからかわれているとしか思えない話だ。

「おかしいです…あの、ずっと聞いてますよね?全然解らないんですと。確かに、よく解らなくても私は私に来たメールの人とやりとりはしてました。それも、複雑でどこか不思議な気持ちで。会いたかったとか、望んでいるとか言われても…。困惑しかありません。…何ですか?何が目的ですか。からかって面白いですか?…私、貴方のファンだからと言って、承諾出来る事ではないですから。会った事もなかったんですよ?初めて顔を見たのも、私が一方的に、この前の試写会の時で、あれが、後にも先にも一回だけの、一瞬の事なんです。そんな人間にどうして…」

結婚なんて、ぶっ飛び過ぎている。

「来てくれていたらって、もしかしたらって…会場で見つけた時は嬉しかった…」

「え」

「俺が好きになったんです」

…は?…はぁあ?好きになった?誰を?何を?……冗談もいい加減にして欲しい…。いつ、どうやって好きになったの、さっぱり解らない。試写会でなんて、それは違うでしょ?
一目惚れだなんて言わないでしょうね。

「…一体どうしたのですか?好き?…そんなの嘘です。何を言ってるんです、そんなこと簡単に言わないで……益々解りません。何をからかわれているのか…。そんな風に言われても…ポーッと騙されませんから。私の事は何も知らないはずです。…可笑しいですよね、そんな人間を好きって。解っているのは、登録してあるニックネームと生年月日くらいのものですよね?それだって貴方は知らないでしょ?顔だって知らなかったはずです。たかがファンの一人です。何も知らないですよね?」

会員登録してあるニックネームなんて、何万と居る中の一人。知るはずもない。知ったとしても記憶するとは思えない。みんなのことを覚えてるなんて言ったらそれこそ嘘だ。もう…埒があかない。疑問をぶつけるばかりで。全然解らない話。…さっき、見つけたとか言ったけど、そんなの…なんとでも言える…。私が行ってたって言っちゃったから。

「アドレスと携帯の番号、住所、本名も知っていますよ?そして…顔は…、ちょっと調べました。だから知っていました」

「え?そんな…勝手に…」

な、に…調べたって…どういう事?……いつ?嘘よ。

「調べたというのは……すみません、本当にすみません。一度、俺のカレンダーを買ってくれた事があった。発送には住所、本名が必要になる。それで…」

「…あ、…買った…」

呟いた口を慌てて手で押さえた。……買ったけど…でも、それはあくまで…。

「あ、うん、確か、カレンダーは四年前の事だったかな。実はその住所に…」

…間違いない、カレンダーは買った。今も大事にビニールを掛けたまま使わないで保管している。あれはカレンダーというより、一つ一つ物語があって、まるでその中の登場人物のような…、月が変わる度、全く違う表情を見せていた、写真集のような物だった。だから、凄く欲しくて買った物。使ってうっかり汚したり破ったりしてしまうのが嫌で保管している。時々見てちょっとときめきをもらってる。
……だけど…住所とか、それって駄目でしょ?目的以外の使用なんて。しかも……四年越しの求婚?気持ちを温存してたの?…って事ではないよね…。カレンダーを買った。大量でもないし、別のグッズも買ったことがない。たった一度の一冊のカレンダー。そんなことで好きにならないでしょ。四年前が私というファンが居る事を知ったきっかけって事だ。それまでは私という具体的な存在すら知らない訳でしょ?それからずっと思い続けていたとか、そんな話でもないでしょ?それだってあり得ない。カレンダーを買った、それだけの事じゃない…。私に限った事じゃない、それこそファンなら、カレンダーだって何だってみんな買うでしょ。それがどうしたというの……。それから忘れられなかったなんて事は言わないわよね。だって、たまたま一度、カレンダー買っただけの一ファンよ?

「あの、今…関係ないですけど、何だか私…薄いファンですみません。一度しか…カレンダーしか買ってなくて。グッズだってあるのに」

ファンだという割に、私はカレンダーを買うまで何も買った事はなかったから。勿論、その後も何もだ。

「ん?そんな事は別に、何とも思わないから。グッズとか、買ってくれる事だけが熱いファンだとは思ってない。それに元々そんなに作らないし」

そうだ。同じ事務所の若い子のようなことはない。だから大判のカレンダーは久しぶりだった。

「あの…」

「はい、何?」

…あ、そんな、何かに期待したような顔をされても…。これはまた関係ない話なんだけど、…ふぅ。この際だ。言ってしまおう。

「私、デビューした時からのファンて訳ではないんです。モデルをされていた頃は…特には…」

ファンはおろか、知らなかったと言った方がいい。がっかりさせてしまったかな。別に嫌われようとわざとこのタイミングで言っている訳ではない。本当のことだから。

「うん。別に人それぞれだし。芸能人も沢山居る。気になるかならないかってタイミングでしょ?」

「はい。あの…あるドラマを観た時から気になり始めたんです。最初は演技より、何ていうか…なんて整った綺麗な顔をしてるんだろうって思って。画面の中の姿に引き付けられたんです」

あっ。あーそういう感じねって……うんざりさせてしまったかも知れない。

「今もだけど、下手くそだからなぁ、演技は」

「あ、そういうつもりでは無くて…私も若くて…単純に、別次元の人に一目惚れしたんです」

容姿ばかりを言われるだけって、嫌だって事、知ってる。だけど私もあの頃は若かったし…第一、芸能人だもの。顔から好きになったんだ。何、この人って、ドキドキした瞬間を今でもはっきり覚えている。言葉としては薄っぺらい表現だけど、それほど格好良かった。今なら魅力的だった、くらいの表現は出来たかもしれない。

「いいんだ、大丈夫、本当の事だ」

「あ、違うんです…若い頃は、とにかく次から次へ、沢山のドラマに出続けるような、そんな時代だったじゃないですか。…どんなドラマだって、嫌だって言えなかったでしょうし。仕事だから…やらないなんて我が儘は言えないでしょうし」

「そう言えば…そうだったかな…」

やっぱり、嫌だったんだ。解ったように言うのはちょっと偉そうだけど、あまり好んで演じているようには見えなかったから…。

「あの、今は違いますよね。このお仕事の難しい事や込み入った事情は解りません。でも、今はとても、自然体で表情も豊かで、あ、…抑揚もあって、観ていて凄くいいんです」

昔が下手だったとか、言ってる訳じゃないですからね。

「ごめんなさい。本当に…ごめんなさい、偉そうに、すみません」

…これは批評になるのかな。何も知らない素人がって。ちょっと生意気にとられるかも。

「私、今の貴方の、大人のラブストーリーを観てみたいんです。最近はそういうの、全くしませんよね。ラブストーリー物は昔から苦手っていうのはおっしゃってましたけど。若い時の、あんな風に、見た目に目まぐるしい強引な物では無くて、内面の激しさを重視したような…そんなのを観てみたいんです。きっと素敵だから…」

作り物だと解っていても、理想を現実のように見せてくれる…。夢の中の世界だ。やっぱり私には永遠に現実味のない人…。あ、…何の話にしてしまってるんだろう。

「話が逸れてすみませんでした」

「…はぁ、うん…ラブストーリー…か。それは。…そうなんだよ、つまり…、誰か女優さんを抱きしめたりしないといけなくなるって事なんだよ…それ以上もだ。…観たい?俺が別の女性とするラブシーン」

…ん?…まあ、そんな場面も場合によってはあるのかな。

「展開によっては、そうなる事もあるのかも、…でしょうか?」

ラブストーリーですから。設定によっては要求されるだろう…。それを演じるのが俳優さんなのだから。

「…すみません、人の仕事の事。口出しする事では無かったです」

きっと…やっぱり嫌なんだ。だけど、これは俳優Yさんのファンとしての希望です。切望です。

「…そうだよ」

…すみません。やっぱりラブストーリーはやりたくないんだ。…機嫌を損ねたかな。
< 16 / 80 >

この作品をシェア

pagetop