不審メールが繋げた想い

…。

「私、失礼を承知で…ご本人さんを前に言う事では無いのですが、試写会に当たって映画を観て、おまけに初めて会う事が出来て、凄くラッキーだったと思いました。もう退会しようと思っていたんです。最後に運があったんだと思いました。あ、ファンを辞めるって訳では無いんです。変わらず、ずっとドラマだって観ます。
あの、もの凄く話がとっ散らかるんですけど。結婚がどうとかの話以前の問題です、今更ですが、本物ですよね?違う人が、凄く上手く整形してるとか、そんな事では無いですよね?
だからと言って、本物だと解る術を私は知らないし。生年月日を言われても、覚えていれば言える事だし…」

話を変えて気分を変えさせようと思った訳じゃない。何を話したって、今は、腑に落ちない話ばかりだから。結婚の話がどう着地するのかさえも解らないまま。…承諾せず、帰れば終わりだ。各務さんというマネージャー、本物なんだとは思うけど…。

「…そうだね、本当…偽物かも知れない。今は何だって作れてしまうから。例えば、運転免許証だって、偽造しようとすれば出来てしまうだろう。これを見せたって、本物だって確証はない」

財布を取り出し免許証だろう、少し抜き出してまた押し込み戻した。

「…はい」

「…君は、俺と同じところに黒子があるんだね」

「え?…あ」

前から手が伸びてきた。顔の横に添えられた。顔を覆うように親指、中指が順に黒子に触れた。指はスッと長く、大きくて綺麗な手だ。この手も…テレビや雑誌で見た通り…なのかも知れない。

「耳の前、この縁のところ、それと、額の生え際近くのこれ。俺と全く同じだ」

「あ、知ってます。黒子は…同じところにあるって解って、凄く…嬉しかったから…」

手をもう退かして欲しい…。こんな事も…する事なす事ドキドキ緊張が走るから。

「それと、ここもだな」

「え?あ…」

今度は手を取られた。左手だ。止めて、そんな…指が細く長いとか、綺麗な手じゃない…。ハンドクリームだって塗ってない。いい匂いもしない…かさついてる手。恥ずかしい…。

「冷たいね、緊張してるからだね」

手を引きそうになった。…なっただけだった。

「小指の関節のところ。指を伸ばしたらほら、隠れてしまうけど、こうして曲げたら現れる、この小さい黒子」

「え?」

そんな、ずっと手に触れて…伸ばしたり曲げたり…。じっくり見られたくはないのに。

「…ここにあるのは知らなかったです…あの、もう…」

これも同じところにあったなんて…。
今度こそ、慌てて左手を引いたら、ほらって、俺にもあるんだと自身の左手を拳にして見せてくれた。本当だ…同じようにあった。話を共通する物に変えて…運命みたいなモノ、もっと印象付けようとしているの?

「知らなかった小指の黒子は別として、黒子まで整形出来るのかなぁ。取るって事は無い事じゃないと思うけど」

…うん、取る事はあるだろう。…芸能人なら場所によってはない方がいいとなれば目立つ物は取るだろう。と思う。

「色を入れて、耳の前の黒子なんか、ちょっとプックリさせないといけない。そこまでするかな、…するのかなぁ」

黒子は本当に偶然の一致。同じ場所にたまたま出来てしまっただけ。二人の間にさも何か有り気に言われても…。違う、今はどちらかと言えば本人である事を証明するためとしての話だ。

「もっと、見えない場所の、俺にしかない身体的特徴を色々知って貰っていたら良かったね」

「…え?む、無理です。そんな事、無理じゃないですか」

身体的特徴?!知っておくって、会った事もなかったのに。体のどこの、何の事…。……変な想像…させないでよね。

「フ、無理だよね。はぁ、黒子だけじゃ本人だって信じて貰えないか。ん゙ー、まだ偽物かぁ〜…。どうしたらいいかな。こんなに本人だと証明する事が難しいとは思わなかったよ。それなのにごめん。来て貰っておいて変な話だけど…、よく来てくれたね」

Yさんだからって来た訳じゃない。

「それは…。メールを見てみようとした事と同じです。会いたいということでした。…話があるって。来ないと…とにかく、会わないと終わらないと思ったからです。無視する事も出来たでしょうけど。結果、よく解らない不安が続くなら、それも嫌だし。決めたのにいざ来ようとして…駅で待っていたら…、段々恐くなってましたけど…」

無鉄砲と言えば無鉄砲だ。何か起きるかもって警戒は過ぎってはいても、結局はこうして来てしまっている訳だから。

「不確かでもメールはYからだから。ファンだからって部分もあった?」

「…それは、…正直、ありませんでした」

無視しても良かった…。解決したかった事しか思っていなかったと思う。…あっ、私ったら、なんてはっきりと。がっかりさせてしまった。

「フ、…面白い。そうか…それは実に正直だね。それに騙されているだけかも知れないんだしね」

「はい…、あ。何だか…すみません」

傷つけてるかもしれないけど、…解らないものは解らないから仕方ない。
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