不審メールが繋げた想い
あ。
「あの、今、私の携帯にメールを送って貰えますか?」
「え?」
「何も入れなくていいですから」
「あ、うん。ちょっと待って…はい、送ったよ?」
「…来た。はい、確かに」
同じアドレスだ。
「何?今の」
「はい。貴方が誰だとしても、私にメールをして来た人が貴方だったという事はこれで解りました。これが確証です。間違いありません」
「あ、なるほどね」
「はい」
「…なるほど、賢いね。取り敢えず、目の前の男は、不審者Yという確認は出来たって訳だね」
「あ、まあ、メールの人ですって事ですね」
もっと疑えば、その携帯から送られていた事が解っただけで、送った人は違う人物かも知れない。…疑えばキリが無いんだ。
「俺の親父が死んだ事は知ってる?」
携帯をデニムのポケットにしまいながら言った。
「え?…あ、はい」
お父さんの話は…ファンですから。当時、何かの雑誌のインタビュー記事の中にあった。今まで語ったことのない家族のこと。お父さんとの確執の話…。亡くなってからもう数年経つんだ。
「うん。…家を建てて、暫くは家族一緒に暮らせたんだ。今は母親が住んでる、一人でね」
「はい…」
「俺は今はマンションを借りたままにしてあるんだ。まあ、実家と行ったり来たりかな。結婚相手と噂されている女優さんと、…それらしく、たまに出掛けたりしなくちゃいけなかったから。
実家に居ては母親に迷惑をかけてしまうから。…静かに居られ無くなるからね。だけど、それで寂しくもさせてしまってた。タイミングがね、……良くなかった」
家族で暮らしていた人間の、一人になった暮らしは寂しいものだ…。
「何してたんだろうと思うよ…。わざわざ家電なんかも一緒に見に行ったりして。挙げ句、それを撮られて、…撮らせてか。撮られるように行動してるんだから。堂々と交際か、ってね…。あとは特に何も答えなければ、勝手に想像力を膨らませて…益々、結婚間近かって報道される。…それが狙いっちゃ狙いなんだけどね。たまにはご飯も行かなきゃいけない…。ちょっとした食材も買って来て、マンションに持ち込んだりして…既に同棲か?…なんて事もね…」
…もう、その話はいい。嫌な話だもの。
「指示された事とは言え、嫌な事してた。勿論、男女の関係は無い。全くだ。本当だ。神に誓って無い、信じる?この話」
…直ぐに返事をしないこと。信じたとは思われないだろう。
「…詩織さん」
「…えっ?」
いきなりびっくりした…。心臓が飛び出すかと思った。…名前を呼ばれるなんて。………はぁ。
「詩織さん…本名は叶詩織」
「あ、は、い…」
間違いないけど。
「ニックネーム、しーちゃん」
「…はい」
適当に、単純に決めた。ありふれていたから、登録するには何かが必要だった。だからしーちゃんの後ろに「。」を一つ付けた。
「俺より、二つ年上」
「…はい」
学年だと一つ上。そう思うようにしてた。Yさんは早生まれだから。少しでも近い方がいいから、二つ上とは考えたくなかった。……なんだか…。乙女な考え、してたな…。
「血液型はA型」
「あ、は、い」
「誕生日は…」
「…あの、もう、いいです私の事は。いきなり何を…」
それがどうだというの?最低限、登録してある情報…。
「…俺は、申し訳ないけど、あの女優さんの事、何も知らないよ?取材記者に突っ込んで聞かれたとしても応えられない。まあ、無視して応えなければいいんだから、知る必要も無い。…知りたいとも思わないし。知らない方がいいと思った。だけど凄いと思わない?台詞覚えだって悪い俺が、貴女の事ならちゃんと覚えている。住まいの番地だって間違わずに言えるよ?あっ、ドラマの台本を持ってる、…って言っても、これを見せたところで、それもよく出来た小道具かって事になるか…はぁ…。どうしたらいいんだ…」
…何一つ、信じられなければ証明にはならない。本人証明なんて、本当は無理なことなのかもしれない。
「……はぁ…もう、いいです…。世の中、信じる事で成り立っているんだって、よく解りました。信じます。貴方はYさんだって信じます」
そうするしかない。
「え?いいのかな、無理にそう思おうとしてるんじゃ無い?納得がいかないなら…」
「いいんです、信じます。信じる事に決めましたから」
納得がいかないといっても…これ以上どうする事も出来ないのはよく解った。
「はぁ、有難う…感謝する。…俺だからって…ファンだからという気持ちから来ようとしなかったって…それが何だか、逆に嬉しいよ。有難う…」
側に来ると立ち上がらされて抱きしめられた。
「あ、ちょ…」
まただ。…どうして?こうも簡単に抱きしめるのか…。何のため?表現の一つ?私が知らないだけ…?女性に手が早い人なの?…まさか…でも知らないだけで素はこんな人なの?こんなにストレートに表現する人なのかな…。だったら凄く意外なんですけど…。素を知らないんだから、どんな人なのか、本質は何も解らないんだけど。
「…はぁ。まだ話せる?」
「…え、まあ…はい。でもこれは…」
もう、私、よく解らない。この人、仮にもYさんなんだけど…。まだ私の事を抱きしめている…。何してくれてるんですか…まずいですよね、まずいでしょ?よく考えたら、これって凄い事なんですから。………はぁ、そうだ…。私…離してほしいと言いながら、…こうしてる…激しくは抵抗してないんだった。どこか嬉しいのは嬉しいんだ。だって…あり得ない、舞い上がっても仕方がないようなこと、訳が解らないくらいのこと、されてる訳だし。
これって…私がお金払わなきゃ駄目くらいの頻度なんですけど…。いいの?