不審メールが繋げた想い
「もう、話すことなんてないはずです。聞くことも…」
「怒らせた?こんなんじゃ好きになれない?…俺の事、嫌?」
え?もう…、お願い…。こんな言葉…何でも無い顔をして、そんな事を簡単に聞かないで欲しい。
「…はぁ、さっきも言いました。嫌とか、そんな問題では無いですから」
わざわざ努力してまで好きになろうとして、その上結婚までしなくていいと思うのに…どうしてこんなに粘るの?全然解らない。
「苛々させてごめん。突然会っていう事じゃない、それは解ってるんだけど…。
振りでも構わないから」
咄嗟に掴まれたままの腕を引かれ、また座らされていた。
「え」
振り?……振りって…。
「ぁ、……ん……結婚相手の振りでも構わない、してくれないか?」
「はい?…何ですか、…それ…振りって。それって…、貴方がさっき、嫌な事してるって言った事と違わない…。散々話を引き延ばして……相性だとか、今から知ればいいとか……結局、振りの結婚?嘘で女優さんとつき合ってた…そのことと同じことを言ってるんですよ?
そうですよね?…だから、最初から言えなかった。そうでしょ?人が代わるだけで、しようとしている事は同じじゃないですか…。だったら尚更、誰だっていいじゃないですか」
私じゃないといけない理由がない。…はぁ。何しに来たんだろうか…。
「…違う」
も゙う。
「違いません同じです。…また、次の…話題作りの為ですか?世間を騒がせたいのですか?…今度は貴方の?…隠してるけど事務所の命令ですか?……芸能界は恐いところですね。
……私は、自分に…貴方に好意のある人間だから。素人でも簡単に結婚相手を演じられるだろうって事でしょ?だから、私?…今度は若くない、年相応がいいだろうって?……。はぁ。その為に理由が欲しいから、相性だとか、取って付けたような事を言って納得させようと。…女はご存知のように、占いとか好きですから。そこに上手く付け込みましたね。相性がいいとか、まるで運命の人みたいに言われたら、元々ファンなんだし、ポーッとして納得するって…簡単だって。雰囲気を作れっていきなり言われても、ファンでも何でも無い人は、本当に好きじゃ無いと演じるのは難しいから」
例え諦めの好きであっても、好きな人から結婚なんて言われ、なのに…振りで構わないからと言われる気持ち…。
それって、嬉しいんじゃ無くて、切なくて辛い事になるんだって、解って言ってるんだろうか。行き場のない思いになってしまったら…って、解ってるんだろうか。嘘のままでいるなんて……演じ続けられるはずない。
「違うんだ!」
ん゙。いきなりだった。顔を両手で挟まれて唇を塞がれた。ん゙ん゙…ん゙。何?…こんなのは、嫌…、止めて、何して…嫌…。酷い。どうして、こんな…いきなり…まして情熱的なのをされないといけないの?…。どうしてこんな事するの。こんなこと…嫌。
少し涙が滲んだ。
「ん…、ぁ、ごめん。ごめん…違うんだ。違うんだ、はぁ、ごめん、いきなりして。話を聞いて欲しいから。ぁ……ごめん…申し訳ない、違うんだ」
………はぁ…。
ギャーギャーしつこく理屈ばかりを並べ、芸能人が結婚しようと言っているのに、いつまで経っても承諾しないから黙らされたんだ。何だか解らない、また抱きしめられていた。ずっとごめんて言われてる…この抱擁はお詫び?落ち着かせるため?…はぁ、こんな…キスして抱きしめて…押さえ込むような事も止めて欲しい。こんな事をされる覚えは本当にない…。どうしてここまでするの。
ラブシーンだって苦手なのでしょ?なのに、どうして…こんな事をするの…。
「…離してください…嫌です…。今の貴方は嫌いです。次は…若すぎる子じゃない…年相応だからですか?だから?……無責任に…、一ファンにこんな事を何度もしないでください…お願いします、離して…お願いします」
こんな、訳の解らないモノ…嫌だ…。嫌いになりたくない。懇願した。
「違うんだ、そんなんじゃないんだ。はぁ、ごめん、泣かせるつもりなんてなかった…本当にごめん、ごめん…。嫌いにならないでほしい。頼むから聞いて?……母親の為でもあるんだ」
「…え」
お母さんの為?
「一人寂しくしている母親が、一番望んでいる事は俺の結婚なんだ」
「…親孝行の為にって…事ですか…」
だから、好きでもない私と…。それが振りの理由…。
「……まあ、…うん。普通の気立てのいい人と結婚して欲しいって言うんだ。だけど同じ仕事をしている人は止めて欲しいって…」
…はぁ。そんな事。…今度は母親の為って…。それだって私でないといけない訳じゃない。そうでしょ?
「…だからって」
「母親に会って欲しい」
「え゙、何を言って…私じゃなくても…」
「貴女を結婚相手だと紹介したいから」
「だから…、だったら、尚更私じゃなくても…。私は都内にだって居ないし、そんな事を頼むなら、ちゃんと初めから理由を言って…、貴方だったらいくらでも、なんとでも出来るはずですよね。頼める人はいくらだって…」
それこそ、気立てのいい人に、一定期間、演じてもらえばいい。こんな風にして、私のファンとしての気持ちを変えさせようとしないで欲しい。……もし、承諾したら…どうなるの?…後々困る…変に気持ちを呼び起こされて、挙げ句行き場がなくなった時の気持ちが辛くなるだけ。この歳で喪失感なんて味わいたくない。きっと立ち直れない。引きずってしまう。好きの思い方を変えるなんて…そんな……出来ない。してはいけない。振りだとして、終わって、もういいからって言われて……惨めになりたくない。
現実と思えない人は、ずっとそんな人なんだから。
「お断りします」
強く言い放った。
「母は…病気だ」
「え」
はぁ…、また…そんな事まで言って。…まさか…本当に?…本当の事なの?…。本当なら、強い事が言えなくなりそう。…だけど。だからって私である必要はないのよ。
「…良くないです。これって良くない。貴方は騙そうとしている…結婚詐欺みたいなモノじゃないですか。騙されるのは私じゃない。…お母さんを騙すのですか?」
「…騙す?…か。…そう、なるのかな…」
「え。そうなりますよ?何言ってるんですか」
……はぁぁ。だって…、振りだって、貴方が言ってるじゃないですか。まして…本当の結婚なんて、尚更ない事…。もうこれ以上は無理…帰る。
「…帰ります」
「待って」
「もう無理です」
これ以上聞いてしまっては…。
「……母親の病気は年齢が高い事もあって、もう外科的な処置はしない事にしたんだ。これは本人の希望なんだ…。病院ではなく、穏やかに過ごせるように、それを希望して自宅に帰って来てるんだ」
延命は望んでいない……寂しい目。瞳が揺れている。……はぁ。こんな、家庭の中の事まで話されて…。
……だからって……信じられる?私は何一つYさんの素を知らないのよ?これが演技だとしたら?
でも……、人を病気にしてまで、そんな嘘、必要だろうか。身内を病気にしてまで……。嘘なら最低の人だ。……不器用な人だ。と、言われている人。そんな人のこの様子を、絶妙な演技だとは思わない。嘘だとは思えない。だけど。
「ごめんなさい、こんな事聞いて。病気は本当に、本当なんですよね?」
「ああ、本当なんだ…」
「ごめんなさい…、あの…」
結婚をこんなに望む理由…。
「…うん。そんなに長くないと言われている」
だから…。
…聞きたい事は伝わったみたいだった。はぁ。こんな事…どうして私が…。私じゃなくていいはずなのに。
…。ふぅぅ。もう……決めた……もうっ!
「私はどうしたらいいんですか?いつ、お母さんに会いに行けばいいんですか?」
振りをして一度会ったらそれでいいって事だ。それでいいんだ。