不審メールが繋げた想い
跡をつけてくる怪しげな車は勿論始めから無い。我ながら早く着けた事に更に気を良くしたのか、降り際に運転手に言われた。
きっと上手くいきますよ、あんた達はお似合いだ、と。…何がどうしてこうなったのやら。
各務さんはお礼を言って支払いを済ませた。
「あんたは…、確か…えっと」
言いかけた運転手の声が聞こえなかったかのように、各務さんはタクシーから素早く離れた。
昔の各務さんを知っていて思い出したのかも知れない。きっと気づかれたくなかったんだ。この世界の人は大きく顔が変化する事はないだろうから。きっと面影があるのだろう。
「ふぅ、中々厄介な運転手でしたね」
ネクタイの結び目を掴んで少しだけ緩めたようだ。
「あんな風に思い込みで話したがるタイプは否定しない方がいいんですよ。言いたいように話させてあげた方がいいんです。強く否定すると、きっと吹聴します。私となら大丈夫です」
「え?」
どういう意味…。私となら、って…。
「どこで食べたって大丈夫です」
あ、あぁ、ご飯ね、ご飯の事だったのね。タクシーの中の話の流れからなら、結婚の事かと思ってしまった。フ、有り得ないのに…。私も大概…運転手に負けず劣らず思い込みが相当激しくなっているようだ…。各務さんと結婚なんて。…それも、まず、無い事にだ。
「詩織さん、お腹空いてるでしょ、どこかでご飯食べましょう。それから帰ったって大差ないですから。こんな時間ですから、どこも空いてますよ、きっと」
「あ、でも…」
各務さんは、真さんが待っているのでは…。
「ああ、あいつなら、今日はもう自分で行動しますから、心配ないです」
考えていた事、解ったんだ。…そうか。来た時だって各務さんは私と一緒だったから。真さんは来る時は家族と一緒に来たんだ。
「私もいい加減お腹空きました、ラーメンなんてどうです?何となくそんな気分じゃないですか?」
各務さんが二本指で麺を持ち上げる仕草をする。
「あ、はい。そうですね、食べるならラーメンがいいです」
そうだ、うん、ラーメンがいい。一気に気も抜けて来た。何だか楽になって来た。
「あー、すみません。気が利かなくて。結婚した花嫁が式の後でラーメンなんて…ですが」
「いいんです。ラーメンがいいんです」
「そうですか。では、豚骨?鶏がら?…醤油?味噌?塩?今は何が食べたいですか?」
「ゔ~ん。塩…鶏がらで」
「解りました。…では、えー…こっちに行きましょう」
「はい」
心なしか、並んで歩く足取りが弾んでいたと思う。気を遣わないように、でも行きたくなるように誘ってくれたんだと思った。
美味しいんですよここ、そう各務さんに案内され、極々普通のお店の暖簾をくぐった。いらっしゃい、と大将の元気な声が響いた。カウンターに並んで座った。ラーメンと、ニンニクが入っていないというお勧めの餃子も注文した。何でもない冷たいお水が美味しかった。
「はぁ、美味しかったです」
それぞれが自分の分を支払った。各務さんが支払うと言うのを丁重にお断りして私がそうして貰った。 タクシー代だって出させている。それを言ったら、仕事だと思ってくださいと言われるに違いない。何か普通に踏み込もうとすると、仕事、仕事だと、この言葉にかわされている気がした。
駅に行き、ここでしか買えないスイーツを教えて貰って買ったり、自然とまた少しお店を見て回った。自分でも解っていた。どこか無理にはしゃいで、こっちこっちと走り回るようにして見ている私に、各務さんはずっと付いてくれていた。 …気晴らしになれば、多分、今日だってそういうつもりで気遣ってくれているんだと思った。
「今日はお疲れ様でした。では気をつけてお帰りください。…お忘れ物はないですか?」
忘れ物…。あ、携帯を忘れてないかってことかも。ふふ。
「大丈夫です。また何から何までご迷惑をお掛けしました。我が儘ばかり聞いて貰ってるようで、ごめんなさい、有難うございました」
「いいえ、私は何も…。あの時…さらって逃げたら良かったですね…」
「え?」
「いえ、何でも…。あ、今日はしていませんが、頂いたネクタイ、気に入ってよく使っているんですよ。似合うと評判なんです」
「そうですか、そう言って頂けると嬉しいです、有難うございます」
「本当ですよ」
「あ、はい。使って頂いて嬉しいです」
相手の喜ぶ事、話せるチャンスを逃さない人だ。
私はまだ貰ったピアスを使えてない。あの日からしまったままだ。
あのクリスマスの日から、何かが止まっている部分があった。