不審メールが繋げた想い

*橘真、想いと行動


きっかけは、仕事上での、某若い女優とのつき合いを装った事でもあったような気がする。事務所同士が決めた恋愛。そんな…、気がすすまないもの、どうしたものかと思っていた。…これが芝居、嘘だと解っていても、手を繋ぎ、時には笑って会話をする。…初々しくだ。無理にでも繰り返し演じている内に、どこかで人を好きになる気持ち、感覚を思い出させてくれたのかも知れなかった。実際、恋の仕方を忘れてしまう程、本気の恋からは遠ざかっていた。何て言うか、そんな気持ちになる事が暫く全く無かったんだ。原因は解っていた。不信。
昔、長くつき合っていた相手と、結婚に至る事が難しく、結果、別れてしまった。その事が根深くどこかに残ってるんだと思う。長くつき合った分、喪失感というものも長く引きずるモノなのだと思った。しかし、だ…俺と別れて直ぐ、新しい相手と、しかも出来ちゃった婚をしたと聞いた時は驚いた。一年も経っていなかったと思う。結婚、したかったんだなとつくづく思い知らされた。自分の決めた年齢には結婚、そして出産。思い描いた理想、それを思い通り現実にしたかった。それが俺とは叶わなかった。その相手とは相性が良かったんだなと思った。結局、婚姻関係はとても短かったようだったが…。要は長くつき合っても相手が望んでいる事が俺は何も解っていなかったという事だ。それに、これは逃げの言葉になるが、人気商売だということ、そのこともあって結婚はまだ無理だと反対された。結婚できなくても、一緒にいられることには変わりはない。だけど向こうは結婚というものに強い拘りがあった…。相手が違えば…結婚できた、ということだ。俺は…事務所に従い、仕事を取ってしまったということだ。優柔不断だから結婚に至らなかったんだな、なんて言われたな…。

もう、人を好きになるなんて考えもしない、…別にどうでもいいと思っていた。出会いなんて…意識もしなかった。独りなら独りで、それもいいもんだと思った。楽な生活がすっかり身についてしまったのもある。ただ、親父が死んでから母親が一人になり、夫婦って、家族って、なんて、色々考えるようになったのは確かだった。

「なあ各務…、俺って結婚したいと思ったら、いつしても大丈夫なんだよな?もう昔みたいに事務所に駄目だって言われる事はないんだよな…」

各務は俺のマネージャーをずっとしてくれている。昔は連んでプライベートも一緒に行動する事も多かった。各務は昔モデルだった。俺なんかより顔もいいし俳優をしても多分芝居も上手いと思う。だけど辞めてしまった。辞めざるを得なくなったんだ。本人の意図しないところで陥れられる事に遭った。タレントとして続けられなくなったんだ。人気商売とは恐いモノだ。ある程度、年数をあければ大丈夫なんじゃないかってことだったが、…出ればまた昔のことを蒸し返される。また駄目になる。…各務はキッパリとタレントを辞めた。勿体ない話だ。だけどそれも一つの運命だろうって…。

「ああ、別に大丈夫だぞ。いい歳だし?ハハハ。…急にどうした。もう一生独身を貫くんじゃなじゃったのか?なんだ…したくなったのかぁ?一体どういう風の吹き回しだ?…あぁ、寂しくなってきたのか、そうだろ」

「んー……ずっと独りって、どうなんだろうってね…。寂しいっていうか…」

「ん?なんだ…。老後でも心配になってきたか?ハハハ。まだ漠然とした感じなのか?…。急に言うから、俺はまた、結婚を見据えた好きな人でもできたのかと思ったよ。違うのか」

「…好きな人か、…。何となくだけど、いい人なんじゃないかなと思う人は居るんだ。…気になってる。そんな事でもなきゃ、こんな事、口にもしないよ」

「まあな。で…どこの誰なんだ?同じ業界の人なのか?モデル……、あ、モデルは懲り懲りか、な?…女優、女優もな……タレント、芸人さん…それとも…一般の人か?」

…。

「…おい、どうなんだ?」

「ん…いいと思っているのは一般の人なんだ」

「一般?知らなかったな…、いつからなんだ?俺にも言って来てないくらいだから、上手く隠してたのか?」

「いや、隠すとか、いつからって言うか…、向こうは俺の事はずっと前から好きでいてくれている、と思う」

「ん?なんだ…だったら話は早いじゃないか。それでいい人なんだろ?いいんじゃないのか?別に、事務所的には恋愛も控えろなんて言わないさ。若いときのようなことはない、結婚も別に構わない。もう落ち着いた年齢だからな。自分で責任が持てるなら口出しはしない。その代わり、マイナスイメージになるようなのは駄目だ。解ってると思うがもしもの場合…別れる時はどう対処するか考えるから。そこは気をつけてくれよ?
ずっと好きでいてくれているなんて…、この仕事をする時にやむなく別れたとか…そういう、気心の知れた人なのか?同級生とか…」

「いや、それは違う」

「なんだ、違うのか…。それで、その人には何か意思表示っていうか、つき合おうとか、結婚前提でとか、まだ何も言ってないって事なのか?俺に聞くくらいだから」

「言ってない」

「なんでだ?恋愛にやる気がないのか?随分淡白だな…」

「…違う。そうじゃなくて…。一般人は一般人でも、いいなと思ってる人はファンの人なんだ」

「ファン?…か…あ。それって…なんて言うか難しくないか?連絡は?取り合ってるのか?」

「いや、まだ何も」

「は!?本当に、ただファンってだけの人か。ああ、だからずっと好きでいてくれてるって、そういうことか……成る程な」

「あぁ、駄目だろうか…」

「駄目だろうかって…はぁ…、駄目も何も、それじゃあまだ何でもないじゃないか。お前が勝手に考えてるだけじゃん。ま、気後れする気も解らんではないな…色々と…、始めてしまったら男女だからな、あるよな。誰とだろうと、何となく慎重になる気持ちも解る。前が前だったからな。それに解ってるだろうけど、拗れた時が厄介ではある。だけど、相手はまだ、お前がこんな風に思ってるなんて全く認識してない訳だから…。しかも、向こうが好きって言うのはあくまでYだよな。Yを見て、好きになってくれたファンだ。橘真としては見てない、何も知らない。だろ?好きは好きでも、今のままでは好きの思い方が違うんじゃないのか?多分だけど。ファンとしての思いしかないだろ。それを…お前がつき合ってくれなんて言ったら。向こうは信じるかな…ただただ驚くだろうな。信じてくれないかも知れない。嫌、信じないだろうな。それに、もしつき合い始めて相手が一般人だと世間に知れたら、一部のファンに辛い目に遭わされるかも知れない。色々と叩かれるからな…。有ることないこと。今は手段があるから、どこまでも調べあげてくるし…。状況によるよな…。中々、真のファンだって、まだまだ熱狂的なファンも居るからな。みんながみんな、穏やかな考え方をしてくれればいいんだけど…。嫉妬しないとは言い切れない、…キツイことを言う人は必ず居る。ずっと隠してつき合うって事もできなくはないだろうが…それだと一切、外では会えない、どこにも行けない。んー、要は真の覚悟だな。相手を守れるのは真だけなんだから。芸能人とつき合うという事…、中途半端な事をしたら普通の恋より深く傷つけてしまうかも知れない。…お前、その人のこと、守れるのか?
それで、だ。肝心な事だけど、その、いい人っていうのは一体誰の事なんだ?」

「知ってるか?しーちゃん、ていう人だ…」

「しーちゃん?!…あぁ、ニックネームね、会員登録されたニックネームの事か」

「ああ、そうだ、しーちゃんだ」

…しーちゃん、…しーちゃん、しーちゃん、ね……。カタカタと検索を始めた。

「…あぁ、解った。この人だよな。真より……年上なんだな。えーっと?…〇〇県て、…ちょっと遠いな。まあ、ファンだから、全国どこって事はないんだけど。で、なんでこの人がいい人ってなったんだ?」

「いい人って言い方もちょっとなんだけど…、んー、ほら、俺って暫くカレンダー作ってなかったけど、四年前、ちょっとしたの作ったよな、モノクロの。あれを買ってくれたんだ」

「は?良く解らん。真のカレンダーを買ってくれたからいい人なんて、そんな単純な…。ファンなら買うだろ。一人でいくつ買うんだって驚かされるファンも居るけど」

「違う違う。そんなんじゃない。上手く言えないけど、印象なんだ。ファンの人って、いつもどんな物でも買ってくれる事って多いじゃない有り難い事に。でも、そのしーちゃんて人はそれが初めてだったんだ。発送前に偶然見たんだけど。長くファンで居てくれている人が、初めて購入してくれたんだ。あのカレンダーをいいと思ってくれたんだよな多分。そうだと思うんだ。俺もあれは凄くいい物が出来たと思っていたし。だから何だか購入してくれた事が目立ったんだ。だから印象に残った」

「んー、それだけの印象でね…だから、いい人、か。恋してない証拠だな。顔を知ってる訳じゃなし、自分と感性が合ったと思ったか、目立ったと取るかどうかは…やっぱり印象か…。だけどいくら何でもそれだけって事じゃないよな?他にも居たかもよ?そういうファン。見つけた順番がたまたま先だっただけでさ」

「だから、興味があって調べたんだ」

「…おい…何をだ。何をどうやって…」

「相性」

「相性?相性って、解らんだろ。何の相性……まさか、おい…占い、か?…」

「ああ。名前と生年月日で」

そんな真顔で…。

「は、あ…お前は女子か…。で、まあ、その占い、それが良かったって事か?だよな?」

「ああ、抜群に良かった」

…自慢気に…もう…。

「はぁ……単純…。あのさぁ…、大丈夫か真。お前はいい歳をして…、本当に……乙女か、占いって…。それで何が解る?確かなモノは何一つないんだぞ?性格一つ解らないのに。それって信用のおける占い師なのか?…占いに信用って言うのもどうかだが。そもそも当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うじゃないか。そんなのはほんの参考程度に思わないと…」

「解ってるよ。何もそれだけで決めようなんて思ってない。だけど、抜群に良かったってなると何だか嬉しいだろ?それも一つの要素だと思ったんだ。そこから始まったって、惹かれて好きになれば、なるんだ」

「まぁ…なぁ…。その気もないのに無理につき合う人を探してる訳じゃないよな?それだったら止めとけよ?恋愛は無理してするもんじゃない。勿論、結婚もだ。相手が不幸だ。一人が楽なら今更無理してまで…」

「そんなんじゃない。…無理はしてない。でもまだ顔を知らないんだよな…」

ぁ、は…結局そこか。人物が気になり始めたら外見も当然気になって来るって事だな。…しかし、こんなきっかけで…どうしたっていうんだ…運を信じたってことか。んー、まあ、人それぞれ、か…。そういう気が起きたって事だ。まあな、恋愛は悪い事ではない。みてくれは抜群に良くても俳優として今の真には少々艶が足りない。男盛りのいい年齢だ。だから余計残念に思う。今ほしい色気がない。積み重ねたさまざまな経験は演じることに自然と助けにもなる…。んー。

「はぁ。今度は人相占いか?まあ、それは冗談だけど。顔を知って致命的な事にはならないのか?欲が出るんじゃないのか?つまり…相性が何もかも凄く良くても、いざ会ってみたらだな…ちょっと…、とか、ならないのか?そうなったらどうするんだ」

「それはないと思う。最終的には人柄だ」

「…確かにな、結婚となると人柄は大事だ。しかし、随分と根拠のない自信だな。あぁ、根拠は相性といい人ってことか。…ふぅ。どうなんだか…」

「それで、頼みがあるんだ」
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