不審メールが繋げた想い
はぁ。もの凄い近くを通る事になる。各務も周りを見ながら走り込んで来た。俺の後ろに張り付いた。
「…馬鹿、急に何してる…」
「どうする…」
「どうするじゃない、驚かすな、急に飛び出して、…はぁ心臓に悪い…。どうするもこうするも…こうなったら違う建物を見てる振りでもするしかないだろ。あ、あのベージュのマンションな。あの左から二番目辺りに視線を合わせよう」
「左?解った。何階?」
「んー、三階?」
「三階の?二番目?」
「ああ、二番目だ。……来た!」
各務、流石だ、咄嗟の機転が利く奴だ。
用意、スタート。撮影なら一つのシーンの始まりだ。
コツ、コツとゆっくりとした足取りで靴音が近づいて来た。緊張が走る。NGはなし、やり直しはできない。一発勝負だ…自然と息を飲んだ。容疑者に遭遇してしまう気持ちだ。緊迫感がハンパない。本番だ。
来た。思いとは裏腹にフワッと柔らかい香りがした。…急に気が抜けた。普段、人が居ないところに人の姿を確認して、少し驚いたようだ。ビクッとした。そしてその後だ。
「あ…おはようございます…あの、ご苦労様です。あっ、いけない。声を掛けては駄目ですよね、ごめんなさい」
そう言って足早に走り去った。あっ。…。
「…真、今ので見れたか?どうだ」
…完全に張り込みの刑事と思われてしまった。良かった。
「真?おい?…おい、真…」
「あ、あぁ…見たような見ないような、雰囲気だけ…見た。あ、あの交差点渡るよな?」
「あ?ああ、だろう」
「先回りする」
知りたい。
「あ、おい…こら、また勝手に…」
走り出していた。仮の役に徹しているのか、自分でももう解らなかった。
はぁ、真の奴…もう、知らないぞ…。欲が出たんだろ、近くで確認した。だから、もう少し見たいって。…なんでこう急に人が変わったようになる…。刑事役にすっかり入り込んだか。車の行き来を気にしつつ、ステップを踏むようにかわすと道路を渡っった。ジャンパーを靡かせ走ってる姿はまさにドラマの刑事役と同じだ。…決まり過ぎだ。…はぁ、仕方ない。俺も行くか。
遅れないように跡を追って走った。
通過するであろう歩道に面したビルの間に先回りして入り込んだ。各務も来た。最小限、顔を出して様子を窺う。もう…これは、刑事物のドラマのいいシーンが撮れそうな感じだ。胸からピストルでも出して構えるか…。
…来た。来た来た。前から見ないと意味がない。そう思ったらビルの間から出ていた。対象者に向かって歩いた。
「おい…、コラ真…はぁ」
各務が来て並んだ。いい加減にしろと言われた。
…さっきの人物と同一だと思っていないのか、それとも解っていても話し掛けてはいけないと思っているのか。もうそこまで来ていた。…コツコツコツ……すれ違った。
「…見たか?…どうだ?」
「…見た」
「よし、もう終了だ。長居は無用、撤収だ」
駐車場に戻り、車に乗り込み、薄めの色のサングラスを外した。パーキングを後にした。
「ホテルに先に送るよ。俺は車を返しに行って来るから」
「あぁ…解った…」
しっかり見たぞ。叶詩織さん。