不審メールが繋げた想い
何とかしてちゃんと早く会いたいと思った。普通なら俺だって直ぐに会いに行ってる…。それが思うように出来ないから困ってるんだ。手段がない。駄目かも知れないと解っているがメールをしてみた。
どうしたら見てくれるのか、やりようが解らない。何度か送った。多分、見てはくれていないだろう。何も返って来ない。それでも送った。やはり俺のメールは警戒されてるに違いない。
そんな時だ。しーちゃんの住む街で試写会があることが解った。もしかしたら、来るかも知れないなんて思った。来る確率なんてほぼない、低いのに。もしかしたらと思い、こちらから提案して、急遽サプライズでトークショーをする事にして貰った。正直、トークショーは苦手だ。俺は自他共認める話し下手だ。普段から言葉をスラスラと繋ぐのが下手だ。それでも会えるかも知れないという可能性があるなら、話す仕事すら苦にはならなかった。苦手などと言ってる場合ではない。
上映が終わって呼び込まれた。到着が遅れ気味で迷惑をかけたが何とか間に合った。走り込んだ。
舞台袖に聞こえてきていた思いの外の歓声に驚いた。息を整え歩いて行きながら目を凝らして客席を見た。…どこかに居るだろうか。居れば見つけられるだろうか。んー…応募して当たっていないなら無理だし。そもそも応募もしない人だろうな。そう思って諦めかけた時だった。
あ、…居た!しーちゃんだ。間違いない。居た…会えた…。来て良かった。
挨拶を始めた。いきなりしどろもどろになった。格好悪いところを見せてしまった…。いいさ、この際どうだっていい。全体を流すように見ながら、しーちゃんの顔を時々じっと見つめた。目が合うまで繰り返し続けてみた。司会者の質問は上の空だ。…あ、今、一瞬だけど確かに目が合った。気を取られ声が上擦りそうになった。気分が高揚していたからだ。何を喋ったかあまり覚えていない。司会者から質問をされたが、どんな風に答えたか…、多少言葉に詰まってもそれはいつもと同じ事だ。問題ない。
いつもしているように写真撮影をする。一緒に写ってくれるものだとばかり思っていた。 だが、何だ…。しーちゃんは人が集まり始める前に、席の横から出られるドアに向かって歩いて行ってしまった。
あ、なんだ…帰ってしまうんだ。前に見た時と同じ、少し俯き加減で歩いていた。…あっ、ドアの横に居た各務とぶつかったようだ。慌てて手帳を拾って渡していた。一言、二言と会話をしているようだ。頭を下げているから、しーちゃんは各務に謝っているんだな。各務…しーちゃんの声を聞いたんだ…。
…顔もあんな近くで…。追いかけていきたい。直ぐそこに居るじゃないか…。各務…どんな理由をつけてもいい、引き留めておくとか、何とか出来なかったのか…?
「Yさん。Yさ~ん?すいませ~ん。こちらに目線、お願いしま~す」
「あ、はい」
仕事だ。ちゃんとしなきゃな。
「キャー!やっぱりいい声ね…」
声か…この声のことは好きだと言ってくれる人が多いな…。
「Yさ~ん、あの、こちらに…」
「あ、はい」
「キャー」
あ、そうだ、撮影中だった。カメラもある。放送もされるんだった。スマイルと言われれば、スマイルだ。得意ではない…引き攣りそうだ。
…はぁ、こんな近くに居たというのに…。追い掛けて行く事も出来ないなんて。
Yという立場が今は残念でならなかった。
「では、撮りま~す」