不審メールが繋げた想い

しーちゃんがメールの返信をやっとくれた。沢山悩んだその上での事だろう。
まだ訳の解らない相手だというのにだ…。
…嬉しかった。とにかく連絡を取り合える状況になれた事が嬉しかった。なりすましでも無く、本物の俺だと解って欲しかった。

欲が出る。メールをしても顔は見えない。会いたくなった。話がしたい。目の前でちゃんとしーちゃんを見たい、声が聞きたいと思った。しーちゃん…、声に出してみると…詩織さんを思うと動悸がした。何とも言えない。…これがせつないというものか。はぁ、既に恋患いらしきものが始まっていたようだ。…参った。久し振りだ。もう重症らしい。会えないという事が堪らなくもどかしかった。だから余計、こうなんだか…胸がザワついた。今の状況…フ、詩織さんは何も知らない。謎ばかりを抱えてる。俺だけが勝手に焦がれているだけだけどな。

出来ればやりたくない内容のドラマの仕事。悩んだ挙げ句、受ける事になった。ラブストーリーは極力したくない。好きじゃないのにまさに恋焦がれるようになんて出来ない。そんな事言ってるから、俳優としてずっと駄目なんだけど…。根本的な事だ。俺は俳優には向いていないし、俳優とは名乗れない程、演技が出来ない。それは解っている。ドラマとか映画って、擬似も過ぎるだろ…好きでもないのに、キスしたり、寝たりなんて…出来るかってんだ。…はぁ、だけどそれが俺の仕事なんだよな…。良いものにしたい、そう思ったら、演技が出来ないなら、その期間だけでも相手を好きになるしかないんだ…。

しーちゃんと会える事になった。しーちゃんの住んでいる街で会う事になった。こっちの都合を押し付けた形になったが、そうでもしない限り埒は明かない。いつまで経っても会えないだろうと思ったからだ。各務の車に乗ってくれるか不安だったし、指定した場所まで来てくれるかも不安だった。初めから怪しい話だ。
ホテルなんて場所、着いた途端帰ってしまうかも知れない。ロビーどころか、玄関でだって待っていたいくらいだった。居ても立ってもいられない。落ち着かない。部屋の中を右往左往していた。
着いたという連絡が各務からあった。もう来てる。あとは部屋に来てくれるかだ。弱々しくドアをノックする音がした。来た、来てくれた。…ふぅ、落ち着け、冷静にだ。抑えろよ。いきなり抱きしめるなよ…抑え切れない。…抑えろ。あ゙ー。…駄目だった。無理だった。実物の詩織さんを目の前にしてもう衝動だ。…抱きしめてしまった。いい歳をして、なんだ俺…離したくなくなった。こんなことをして…このせいで逃げられてしまうかもしれないのに。そう思うと余計離せない。そこまでする自分が自分でも解らなかった、信じられなかった。多分、勝手に顔を見に行ったから。容姿を見知っていたからだ。会うことがまるで久し振りに会う恋人のような気持ちになっていたんだと思う。待ちに待った遠距離の恋人…だけど…これは過剰過ぎないか?演技だってこんなには…。俺はこんなに衝動的で行動的だったか?比べる訳じゃないけど、昔の恋の時は今より若かったはずなのに、積極的な事はしなかった気がする。…受け身だった。キス一つするのだって躊躇った。思えば、嫌になられても仕方ない、気持ちが伝わらない、解り辛い煮え切らない男だったんだ…。好きどころか、嫌になったんじゃないかって。だから終わったんだ。次は…そんな俺のままでは駄目だ。
詩織さんがあまりに必死に話すから、…愛しくて、解って欲しくて、とにかく…堪らなくなって口づけた。はぁ、しかも目茶苦茶思いっ切りしてしまった。初めてちゃんと会って、彼女にしてみたら…正真正銘初めてだというのに。自分勝手な衝動だとしても俺はこんな事ができる男だったのか。自分に驚いた。

色々と話している内、正直に必死に疑問をぶつけてくるこの人と出来るなら結婚したいと思った。頭の回転も早い。賢い人だ。結婚するならこういう人だ、この人がいいと思った。ファン気取りで、反対に要求してくることも何一つしなかった。結婚なんて…そこまでなんて…いきなりだけど本気でそう思った。この人を逃したくないと思った。人の一生で、数少ない…限られた出会いのこれも一つなら、逃したら馬鹿だと思った。だから母親にも会わせたいと思った。だけど言い方が良くなかった。話の持って行き方も言葉も足りなくて下手すぎた。重く取らせるつもりじゃなかったんだ。病気だと打ち明けてしまった。その母親の為にのように、振りでも構わないと言ってしまった。病気の母親の為にと言われたら、断れない、…そんな人だ。だけど俺は、振りなら振りでもこの際構わないと思った。本気の気持ちはいずれ話せば解って貰えると思っていたからだ。
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