不審メールが繋げた想い
どうしてこんな事を…、不信に思われる、そんな事を俺は納得づくで、した。正直に詩織さんに伝えるには、あまりにも酷いと思った。約束を果たせないどころか、別の女性と過ごすからだ…。
決まったのは約束の日の前々日。やっと会えると思っていた日、クリスマスイブは約束を違えて違う女性と過ごす事を決めた…。理由があっての事だけど、もしかしたらそれは、時間をかければ、説き伏せられない事も無かったかも知れない事だ。断っても良かった事だ。ただ、この女優のひたむきな気持ちが、今の俺、もどかしい自分のようにも思えてしまったんだ…。
ただ好きなだけなんだ。だからこんなに必死に…。俺も…好きならもっと情熱を現さないと駄目だ。
そう思ったらディナーにつき合う事を承諾していた。明らかに駄目な事だ。優先順位が違う。
まさかそれだけでは収まらずにあんな嘘の記事まで書かせるとは思わなかったけど。それはそれで放っておけばいい事だった。
挙式は無い事だから、直ぐにガセだと解る事だったから。ここまでしたら満足だったのか…。
詩織がファンとして好きだと言ってくれた事と比べたら、思い方にも色々あるんだと、その違いを嫌という程、考えさせられた。
好きは好きでも、暴走するタイプだったんだ。若いという事を差し引いても無茶し過ぎだろうと思った。仮にもこの業界の人間なんだから、事の善し悪しは解っていなくてはいけない。イメージだ。嘘の記事を載せさせた、もう仕事は貰え無くなるかも知れないのに。
詩織さんとちゃんと話がしたかった。結婚式を挙げた後、何故いきなりそうしたのか。詩織さんは嘘に堪えられなくなったんだ。母親が更に弱っているところも見てしまったし…。良心の呵責。婚約指輪も結婚指輪も置いて帰ってしまった。悪いのは俺だ。不確かだから何もかも解らなくさせてしまった。だからちゃんと話がしたかったんだ…。クリスマスも結婚式も…それ以外も、いつもいつも、フォローをしていたのは各務だった。…マネージャーだから。俺の気持ちを知っている、俺のマネージャーだから。
各務はもしかして詩織さんの事を…いや、それは無いと思っていた。というよりも、各務に信頼を感じ、安心を感じ始めたのは詩織さんの方だったんだな。いつも大丈夫だと、安心をくれるのは各務だったから。
男女を意識せず、自然体だったのは、何気なく言ってしまった俺の言葉があったからか…。各務は女性に興味が無い、と。俺は自分で自分の恋をややこしく絡ませてしまった。はぁ、全くやるせなかった…。詩織さんの俺に対する思いは、Yとして思う気持ちから変わらないらしい。俺がどんなに本気で好きか、まだ伝えられていない。…理解されていない。
好きは諦めがあっての好きって言った事…、ずっと変わらないのだろうか。俺がYじゃなくなって、俳優じゃない橘真なら、思いは変わるのだろうか。橘真であっても、それはそれで好きになって貰えないのか…。俳優を辞めて一般人になるって言ったらどうだろう。…きっと辞めては駄目だと説得されてしまうだろうな。辞めては駄目だって言われたら、詩織さんにとって、俺はYで居て欲しいって事になるんだよな…。Yが好きなんだから。…俺では駄目なのかな。はぁ、Yを恨みたくなる。だけどYだったから知り合えたんだ。……まだだ。まだ諦めない。たった数ヶ月で終わりになんかさせない。まだ大事な事は話せてないんだから。
各務と結婚したって奪えない訳じゃないんだ。まだ本気で祝福しようなんて…そんな殊勝な気持ちにはなれない。