不審メールが繋げた想い
お線香に火をつけ、静かに手を合わせた。
「各務は?…一人で来たの?」
「はい。各務さんに場所を教えて貰って、タクシーで。…お母さんに謝りたくて」
「有難う。だけど謝らなくても大丈夫だよ。母さんは母さんなりに理解していた。…何も言わなくても、人生の先輩は鋭いからね、多分何もかも…お見通しだったと思う」
…。
「そう言って頂いても、私は、私の気持ちは…騙していた事に変わりないので。あの…真さん。私…聞いてはいけないと思ったのですが、声を掛けるきっかけがなくて。真さんがお墓のお母さんに話しているのを、ごめんなさい、ずっと聞いてしまいました」
…。
「あの…」
「はぁ、…いいんだ。だけど、聞いたのなら、聞かせっぱなしにしておく訳にはいかない…。ちゃんと話すから、聞いて欲しいんだ。あの日、結婚式を挙げた日、俺は話があったんだ。ご飯を食べて、その後二人になるつもりだった。話せるように部屋も取っていた。だけど、その事を先に説明しようにも、詩織さんは聞こうとしないで指輪を置いて帰ってしまった。元は俺が悪いんだけど」
…。
「詩織さん…、俺は、初めから本当に貴女が好きなんです。結婚するっていきなり言ったのも、からかっているとかではなく、振りでもなく、本当にしたいと思ったからなんです。…貴女となら…。結婚を見据えた、そんなおつき合いがしたくて…。少しでも早く俺自身のことを知って欲しかった。気が逸ってばかりで……確かに母さんは病気だった。だから尚更会って欲しかった。それは確かにそうだった。それが…言い方が良くなくて、母さんの為だけの、振りの結婚だと思い込ませてしまった」
「…その事は各務さんからも聞いています。…真さんの気持ちは本気なんだと言う事…でも、…追っては来なかった。……想像です。追うこと、各務さんに止められた。そうなんでしょうか」
…各務。そうだ、人の目についてはいけないと、立場を考えろと。だけど、そんな言葉、振り切れば良かったんだ。それが出来なかった。やはり俺は…その程度の男だ。昔と何一つ変わらない、…情けない男だ。
「流石、ずっと長く真さんのマネージャーさんをしてるだけの事はありますよね。各務さんは自分の気持ちを話しながらも、必ず真さんの気持ちも話すんです」
だけど俺を差し置いて、まんまと結婚式、したじゃないか。
「私達は、あ、私と各務さんは結婚式を挙げました」
念を押さなくても解ってる、二人だけの結婚式、頼まれて立ち会ったのは俺なんだし。
「籍は入れてないんです」
…それも知ってるよ。
「これで、真が君にちゃんと話をするだろう、って」
…区切りが出来たからな。これで割り切れたと思ったんだろう。まあ、後からになったけど、ちゃんとした告白は、今、出来た。
「私に会おうとしたきっかけ…何から何まで各務さんから聞きました。でもその事も、真さんの口から改めて聞きたいです」
…?それは…。
「私が観たいと思っていたドラマ、観て良かったと真さんに感想を言いました。でも、内心は凄く妬けて…妬けて妬けて仕方ありませんでした」
…?
「私が…各務さんと…式で長いキスをしたのを見て、少しは妬いてくれましたか?」
「あれは……妬いたよ。妬くに決まってる。…俺との時よりも、あんなに長くて…しかもあれはディープだろ?結婚式なのに、各務の奴…やりたい放題して。腹立たしかった…あんなの目の前で見せられて…、妬くに決まってるだろ…」
今更何を。俺がどう思ったかなんて解ってるだろ。安心した…幸せな顔をして…したじゃないか。
「クスッ。やっぱり…各務さんは上手ですよね?」
な゙、何を、そんな。テクニックの話か?…くそぅ…そんなにアイツのはいいのか。……俺だって…。いい雰囲気のチャンスがなかっただけだ。そういうの、そういう雰囲気でしてみなきゃ解んないだろ?
「上手に手で私の顔を包んで、してるように見せてたんですよ?」
…、はっ?なんだって?
「あれは、してなかった、の、か?」
「はい、何もしてませんよ?1ミリも触れてもないです。寸止めでした。私も知らなくてちょっと戸惑いました。するものだとばかり思っていましたから。誓いのキスも、指輪の交換も、…宣誓も、何もしていない。あの時偶然、真さんの言葉でそうなりましたが、式は元々お芝居です」
「お芝居って…、どういうつもりだ…」
「……各務さんは私の気持ちが納得するまで待つと言っています。真さんと…色々あったとしても最後には自分の元に来るはずだからって。…最終的に私が一緒に居るのは各務さんだって言ってます」
「各務が?」
そんなことを。自信満々…強気だな。元々詩織さんは俺の、…いや、俺のものってことはないのか…そうだよな。……取られても仕方ない、か。
「はい。直ぐにだって飛び込めるんです。でも私は…、少し気持ちが変化している事に気がついたんです。真さんをYさんではなく…ファンの気持ちではなく、好きになり始めているんじゃないかと…。まだ解りません。でも、さっきも言いましたが、観たかったはずのラブストーリーを観た時、今までと観た気持ちが違ったのは確かです。多分それは真さんのせいです。…あの時、私がどんな気持ちであれ、真さんは私に沢山触れました。…抱きしめたりキスをしたり。それからも色々…。それまでのYさんとしての距離が違ってしまった…少しずつ、ただ見ていただけの人ではなくなった。極端な場所に居る人ですから。…それが後々、ボディーブローのように効いて来たのかも知れません。話す事、一緒に居る事、…触れる事…、どれも凄く大事な事なんだと思います。いつも全てを充たす事は誰だって難しいと思います…だから少しずつ…、少しだって…真さんの状況からしたら、凄く大事。ごめんなさい。私達が式を挙げたら、真さんがどうするか、各務さんが仕掛けたんです」
「はぁぁ…もう我慢出来ない。色々言うより…俺は、今、君を抱きしめてもいいんだろうか」
各務になんか取られたくない。このまま帰してしまったら…。俺とのことは薄れ、各務の元へ。
引き寄せ抱きしめた。
「あ」
「…詩織さん、…はぁ。抱きしめたいんだこうしてずっと。…触れていたい。まだセーフだよね?各務とは、まだ始めてないって事だよな?」
気持ちも、何もかも。
「はい…未遂です」
「…未遂?!…未遂って…」
つき合いのことか、いや…キス、してないって、キスじゃないよな、アレか、アレが未遂って事か。未遂って、途中まではってことか。ぁあ゙?
「何度か一緒に寝ました」
「はぁあ?!……寝、た、…寝た?」
そ、…それは未遂って言えるのか?言わないんじゃないのか?寝たんだろ?でも未遂って言ったよな。…何だ未遂って。寝たのに未遂って。寝たってなんだ。
「はい。それは真さんがいけないんです。各務さんを安全な人だと言ったから。それと…、解らなくて何となくでも、私を寂しくさせたからですよ…特にクリスマスって特別な日に、約束してるのに連絡もなく来ないなんてあり得ない…好きな相手にする態度じゃないです。真さんがくれるのは不安や心配ばかりで。…それって凄く酷いですよね?……本当に好きなのか、疑ってしまいます…信じることとは程遠い…」
「あ、それは、ごめん…すまなかったと思ってるんだ。だけど本当に各務とは…ないんだよな?何も」
「はい、今は辛うじて。誘惑はずっとありますよ?ドキドキさせられっぱなしです。各務さんは凄く素敵な人だって私知ってますから。とても気遣いの出来る人で信頼もしています。信頼って大事なことです。一緒に居ると安心します、凄く温かい人です。知ってますか?私達は境遇も似ているんです。お互い…寂しさを知ってるから…だから優しさも凄くあります。私の家まで、かなりの遠距離なのに何度も訪ねて来てくれました。いつも絶妙に…。凄いことです、来てくれた、そのことだけで私の心は救われました。これってもう堕ちてると思いませんか?そんな人を待たせているなんて有り得ないですよね?それでも待ってるって言ってくれてます。私の気持ちが引っ掛かったままだからです。だから、…何もなくずっと放っておかれたら、私は簡単に各務さんと…」
ん゙ん。…真、さん?…唇…塞がれてしまった。
「…言わせない。各務を好きだなんて、この口からは絶対言わせない、聞きたくない…詩織…」
ん゙ん…、真、さ、ん…。ここは墓地なのに…。こんな強引な…キ、ス…。ん、…真さん…。
「はぁ…真さんて、口下手だけど、本当は凄く強引で、情熱的な人なんですか?我が儘で、優柔不断……イメージが全然違う…」
「はぁ…君も、物静かな感じなのに、実は凄く強気な人?今、俺をもの凄く煽っただろ?わざとだろ。それとも…天然の小悪魔?」
…。
「フッ」「クスッ、フフ。…あ」
頬を包んだままおでこをコツンと当てられた。
「…解らない事ばかりだ。何も知らない」
「はい。当たり前です。まともな会話一つしてないようなものですから。占い、確かでしたか?本当は相性がいいかどうかも解りませんよ?」
「ゔ~ん、そうは思わない。好きになったんだ。きっかけの内の一つってくらいにしか思ってない。もっと詩織のことを知りたい…お互い知らなきゃ駄目なんだ。…時間ある?なくても今日は、今日こそ帰さないよ、続き…」
「各務さんに連絡しますよ?」
…はぁぁ。本当、強気だな。…どうしたらいい。
翌週の週刊誌。『俳優Y。最後の恋!?』、大きな見出しと、中には写真も掲載されていた。墓碑の前での抱擁とキスシーン、更にマンションに手を繋いで入っていく連続写真。女性の方には顔にモザイクが掛けられていた。
「先輩…これ、写真付きですよ。Yさんいよいよこれは本気ですね。一般人って事ですよね。どうも決まりっぽい雰囲気ですよ?だって亡くなられたご両親のお墓の前ですからね、これ。ここに連れて行ってるって事は、報告ですよ報告。普通行かないですから。間違いないです、これ。結婚、有りですね。お泊りもか?って、しつこく記者も朝まで張り付いてたんですかねぇ。でも…疑問符って事は決定的じゃないんだ…。これって…この出て来てる写真は…マネージャーさんですかね。出て来た時間がよく解らないけど…手を繋いでバッグ持ってくれてるみたいですから。マネージャーも大変ですね、こんなお世話まで。先輩…この前まで放送してたドラマのラブシーンだって、相当ショックだったのに。先輩?…先、輩?」
あー、これは…暫く立ち直れない程きてるな…。頭、ついて来ない感じなのね…。でも、こんな記事、タイミングよく、よく撮れたもんだ。Yさん、余程マークされてたんだ。そうよね、独身で素敵な俳優さんて、そうそう居ないもんね…。そろそろ結婚かって、何かにつけてずっと言われ続けてるから…。
「先輩?チョコありますよ?あー、今日のは普通のですけど、また美味しいの持って来ますから。ご飯も行きましょ?ね?」
「大丈夫よ。それは私だから」
「え、え?この、写ってる人ですよ?」
…とうとう現実逃避に加え、都合のいい妄想をする事で精神を保とうとし始めたちゃったか…。ヤバい域かな…大丈夫と言いつつ傷は相当深いかも知れない。噂の相手が自分だなんて…大丈夫かなぁ。……冗談のつもりで受けとこうかな。
「またまたあ~」
「いずれ結婚も本当にあるかも知れないわよ?」
「はいはい。解りました。その時は私も呼んでくださいね?」
否定すると危ないかもしれない。
「駄目よ、それは無理。式はするなら二人だけですると思うから」
はいはい、はぁ…、解りました。今は話は合わせておきますね。
「解りました、先輩、お幸せに」
「あ、待って。その記事、ちょっと違うのよ…憶測もあるのよね」
…もう、何を本当にしたいのか…相当重症だよ。
「ここ。Yさんのマンションだけど本当にお泊りはしてないのよね、部屋で話は沢山したけど、泊まった部屋は違ったの。マネージャーと…帰ったのはマネージャーよ」
…はいはい…。凄い思い込みだ。少し休んだ方がいいかもしれないな。
「…どっちでも。いいじゃないですか、二人のどちらだとしてもお似合いですよ?」
「ユミちゃん……」
やっぱりこの子は鋭いわね…。