拝啓、花の小瓶へ。
「お、春川。おーい春川!」
「ほら、春川さん目当てでしょ?」
「違う!…おはよ!」
「…おはよ」
やっぱり、マスク。
花粉症?でも、外してるの見たことない。それは流石におかしい。
だから、だからつい。
「ねえ、マスク外さないの?」
こんなことを口走っていた。
「……」
「やめろ悠。ごめんな」
「あ、いや…ありがと」
「…ごめん、春川さん」
「気にしないで」
春川さんが去って、俺たちに気まずい沈黙が残った。
「やけに庇うじゃん、和馬」
「別に。やけにつっかかるな、悠?」
「…はー、もういいや。ごめんね」
後ろで和馬が文句を言ってるけど、それを置いてすたすた歩いて行く。
春川さんからは自然な花の匂いがした。媚を含まない、純粋な香り。
しかも転校生って言うから、小瓶の贈り主を少し期待していたんだ、きっと。
花の香りだし、マスク外したらそうかもって、思い出すかもって。
それできつく当たってしまったのはまずかったのだ。冷たい口調だから従うなんて都合の良い話はない。
そこを反省して、もう忘れて仕舞えばいいのだ。第一性格がまるで違うじゃないか。
ただ。
また会いたかった。思い出して、二人で笑いたい。
だから期待しないのは、俺にとっては苦しいことだったけど。
二人だけの教室で、和馬がぐるっとこっちを振り返った。
「…なあ悠!お前を、お前を親友と見込んで話がある!」
「何?雑用ならしないから、絶対ね。」
チャイムが鳴るまではまだたっぷり時間がある。
「ちーがーう!…あのさ、好きなんだよ。」
「春川さんが?」
「…おう」
はは、と乾いた笑いが漏れる。
違うって言ったじゃん、と理不尽な気持ちが湧く。
なんでそんな、すぐ言っちゃうんだ。素直すぎる和馬の性格が、今は少し嫌い。
正直関わりたくないのだ、申し訳ないが。
忘れたい、そう思ったばかりじゃないか。
「何で好きなの?」
「あ、それは…ちょっと」
「言えないの?」
呆れ顔で問いかける。
「…可愛かったんだよ!すごい可愛かったんだよ!素顔!」
声を張り上げて、悔しそうな照れ顔で和馬が叫んだ。
マスク、外すんだ。
「いや、電車乗り過ごしたら見たんだけどさ…こっちには気付いてなくて…」
ああ…
見てみたいな、なんて思った俺の希望はきっと叶わないんだろう。和馬ほど馬鹿じゃないせいで。
「で、肝心の春川さんはどこ行っちゃったんだろうね」
「さあ、委員会じゃね?」
「ストーカーはしないんだね」
「まあしたくはなる顔…誰がするか!」
春川さんじゃなかったら、これも心から笑ったおふざけだったのに。