月と太陽 ―Moon is beautiful―
「ははは、皐月はこういうの、気を遣うタイプで。
薬膳の資格と管理栄養士の資格を持ってるんだよ。」


へぇ…。
だからか。
さっきからお酒の肴と行っても、凄い健康に良さそうなメニューなのは。



「習いたいくらい、知識豊富。」
「皐月に今度教えてもらえばいいじゃん。」

そういった俊は、グラスを傾けてお酒を口に含んだ。
気づけば、いつもなら最後までお酒を飲んでいるマツも寝てしまって。
うつぶせに、直線に、寝るものだから、その寝る姿に笑いがこみ上げる。


用意された冷やしトマト。
何かにつけたのだろう、箸も入るほど柔らかかった。


…うん、旨い。
うんと、甘くて。
どこのトマトなんだろう。
ずっとアイランドキッチンで作業する皐月さんの事ばかり脳裏にこびりついて取れない。



俊と他愛のない会話で盛り上がっていると。
時刻はあっという間にAM0時0分(次の日)を指した。
今日から30歳。
おめでと、自分。
ありがと、自分。



メンバーの大半以上が寝てしまった誕生日でも。
…これもこれで悪くないと思えるのはきっと特別な日だからだろう。







***


いつの間にか、寝てしまった。
ライトが最小まで絞られた部屋の中。
いつの間にかグラスやら皿やら片付いていて。
机に突っ伏して、寝ていた。


丑三つ時。
リーダーが“…わっしょい。”とか意味不明な寝言を言っていた。
…夢の中でも、ぎゃーぎゃー言ってるんだろうな。
むにゃむにゃ眠る俊以外がいないメンバーを眺めて、トイレへ向かうことにした。








だけど。

寝室の少しの隙間の扉から見えた。
夢中で唇を重ねるその瞬間。


やはり、夫婦というもの。
そういう事はあるのだろう。


だけど、どこか変な気持ちを抱いてる俺は、
何故か痛い胸を誤魔化すように、トイレの方へ駆け込んだ。


どくどく、胸が大きく波打って。
ドアの閉まる音が聞こえないように、そっと閉めて。
鏡に映る、複雑な表情を浮かべた自分の顔を指でなぞった。


若干、気が付いたのかもしれない。
一瞬で落ちたら抜け出せない感情。




「嘘だろ…?」






…んなわけがねぇだろ。
その気持ちを抹殺するように、顔を水で洗った。

少し、すっきりした顔。
時経てば、彼女のことはすぐに忘れるはず…――――。


そう考えたら、気が楽になった。





用を済ませると、静かにまた自分の定位置に戻って二度寝をした。
お酒が入ってるってのもあって、すぐに寝れたけど。
二度目、目が覚めたとき。
俊は、ソファで横になっていた。
…そこは、奥さんと一緒に寝ないんだな。

そう思いながら欠伸をしていた。
するとその時、がちゃん、と玄関のドアが開く音がした。


長い廊下の先。
白のTシャツにジーパン、となんともシンプルながらお洒落な服装の皐月さんがいた。


ずっと見つめていたのか。
視線に気づいた皐月さんは綺麗な声で“おはようございます、悠人さん。”とふわり、と微笑んでグッドモーニング。


…皐月さんがアナウンサーだったら毎日朝の情報番組、見ます。


「朝ごはんの材料、買ってきたんだ。」

「あぁ、はい。エッグベネディクトを作ろうと思って。」


華奢なその腕の先には重そうなレジ袋がぶら下がっていた。
その重そうなレジ袋を一つ、代わりに持って“手伝う”と俺は口走っていた。

やべ。
、大丈夫か…?といちいち、様子を伺うそんな俺は。
あの、一瞬だけでこんなに変わってしまった。






「本当ですか…?」
俊が言うように、表情豊かな彼女は一つにゆるく結んだポニーテールを揺らして目を丸くした。


「俺も、エッグベネディクト、気になってるんです。」
料理番組ができそうなくらい広いアイランドキッチンのほうへ、材料の入ったレジ袋を置いた。



「じゃあ、お手伝いよろしくお願いしますね。」
彼女はまた、柔らかい笑顔を見せてくれた。
そんな彼女のいろいろな表情を全部、見たいなんて思ってしまった俺は馬鹿。

俺から惚れることは、まず無かった。
告白されて、なぜか付き合って、俺が嫌気さして、別れて。
いつも“追われる側”だったはずなのに。


…俺が追うなんて、柄じゃねぇ…―――。








彼女の綺麗な声の解説の元。
6人分のエッグベネディクトが出来上がっていく。
意外と簡単だった、エッグベネディクトはハワイの定番朝食らしい。
出来は、もう、俺も圧倒してしまうほど、綺麗な形で。



「こんなに綺麗な盛り付け方、素敵。
さすがですね、悠人さんは。」
十分皐月さんの盛り付けたもの綺麗なのに、皐月さんは俺が盛りつけたエッグベネディクトを大絶賛してくれる。


「そ、そうか?」
「そうですよ。」


流石ですね、と笑うその表情に。
どんどん墜ちていく俺は。
どうしようもなく、馬鹿になってしまった。
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