月と太陽 ―Moon is beautiful―
***


はい、カット、と監督の冷めた声が聞こえて。
ラブシーンの撮影に力が抜けた、俺は渡されたバスローブの紐を結びながら、用意されていたパイプ椅子に座り込む。



「あかん、この美味しさは止まらんわ!」

マネージャーはいつもと変わらないテンションでケータリングの料理を頬張っていた。


「マネージャー。」


「ん?食べへんの?」

汗ばんた肌をスタイリストが持ってきた冷やしタオルで汗を拭う。
少し腹減った俺は、荷物から皐月さんと一緒に作った食べかけの朝食を取り出した。



「そんなにケータリング食べ過ぎてたら、監督に叱られるよ。」

“マジで?監督ー…、ケチやなぁ。”と言いながらもマネージャーはケータリングを食べ続ける。
本当…この人の起用理由が知りたい。






「女優の有吉佳澄さんから、叙々苑の焼肉弁当が差し入れとして入りました!」
スタッフの大きな声で、“おぉ。”と差し入れの方に視線が集まった。
焼肉弁当か…惹かれるけど、作ったエッグベネディクトの方がもっと惹かれる。
丁寧にお弁当についていたプラスチック製のフォークでエッグベネディクトを一口、口に運んだ。



「…悠人っち。」


「ん?」


やっぱ、美味い。
こんなに美味いと思えたのは久し振りかもしれない。



「その、飯どうしたん?」


「あーこれ?」


“知り合いと作った飯。”と言いかけた時。
共演している女優の有吉さんが来た。



「内田さん、お弁当どうですか?」
同じく彼女もバスローブ姿で、袖の先から伸びた白い手がお弁当を差し出していた。



「あー…、ごめん。
お弁当持参してるんだよね。」
有吉さんは俺の手元を見ると、“あー…、そうですか。”とそっけなく返事。
諦め、有吉さんは俺の元を離れると、マネージャーがぶーぶー俺に反論。




「なんで?あんな可愛い子に叙々苑渡されたら、普通折れて貰うやろ!」


「じゃあ、マネージャーが貰って食べればいいじゃん。」
“そりゃ、そうやけど…”とマネージャー。
それだけ、ケータリング食べられるなら、差し入れも食べたらいいのに。


ケータリングの焼きおにぎりを頬張っていたマネージャーに気づいたのだろう。
監督は“コラ!食べすぎだろ!”と声を荒げた。
それから、撮影は順調に進んでいき、今度はグループでの収録。
楽屋入りすれば、またいつものような光景が広がってる。


ずるずる、と大地は珍しく目を開けてそばを食っていた。


「おぉー…悠人、お疲れー。」
ふにゃん、としてる大地。
ソバ食ってるなんて、珍しい。


「大地こそ。」

“おいら、何もやってねぇよ?んふふ。”



「金ドラ、撮影中じゃん。」


「あぁ、そうだったー…んふふ。」
片手に台本あるのに、忘れるんだ…。
そんなところは結構、大地らしいかもしれない。

身を隠すために付けていた眼鏡とマスクを外すと、椅子に深く座り込んだ。
その時。



―――ピロン。
待っていた通知音が来た。

自分からメッセージを送るって決めていたのに。
何となく送るタイミングがなかった俺。
スマホを見たら、通知に

≪新着メッセージがあります≫
と無機質な文字が並んだ。


息が止まりそうになった。
恐る恐る、スマホの暗証番号を解除して、さらにLINEアプリ自体にかけているロックを解除すると、皐月さんのアカウントである“皐月”に、通知が来ていた。







皐月:突然のメッセージ、失礼します。

皐月:撮影は順調ですか?

皐月:そう言えば、言い忘れていました。


何を言い忘れたのだろう?、そんなこと思いながら、楽屋の机に置いてあったミネラルウォーターの蓋を開けた。







皐月:お誕生日、おめでとう御座います。
水を吐き出しそうになった。
急いで、フリックを使って返信をする。


内田:いや、有り難う。
内田:なかなかメッセージ送ることができなくてごめん。


すぐに既読の文字が付く。
今この瞬間、スマホの画面越しで一緒に話しているなんて思ったら、凄くうれしくなってる自分がいて。
より一層、歯止めが利かなくなりそうな感情がむくむくと成長し続けていた。



「お疲れいっ!」


「あ、俊ちゃんお疲れ様!」


いつも聞いているあの低い声で我に返る。
こんな感情、抱いてはだめだと、もう一人の自分が言う。

帽子とサングラスを外した俊はいつものように、薬指の結婚指輪を外してネックレスのチェーンに通すと、首に付けた。



「そう言えば、昨日悠人におめでとうの一言、言ったか?」


「そーだったわ。何か足りないかと思えば。」
マツは、珍しく携帯のゲームをセーブして、反応した。
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