月と太陽 ―Moon is beautiful―




“おめでとーございます。”
ダルそうに、マツは俺の誕生日を祝福した。



「いや、マツは酔いながら、“はっぴーばーすでぃ!”っつってたよ。」
「あら、嘘…?」

酔ってて記憶がないのだろう。
頭を掻きながら、ゲームを再開し、始めたマツ。
つんっ、と尖った口。

そのマツをいつものように邪魔する……リーダー。



「マツ!ねぇ、マツ!
見て!これ!特大から揚げなんだけど、すげぇでしょ!」


邪魔するリーダーのせいで、負けてしまったのだろう…



「あぁっ!もうっ!あんた、ホッント馬鹿!!」

マツ、キレる。
“こんな特大から揚げ作れる俺っちが馬鹿なわけないじゃん!”とリーダーは言い張る。

…いや、から揚げができるからと言って…。
と、突っ込みたくなったけど。



また、通知音で俺の視線がスマホに戻る。



皐月:いえ、お忙しい中、御免なさい。




「美味い…」

「うわ、蕎麦ウマそ。俺も食べてぇー…」


和気あいあいとしたその瞬間が。
止まったような気がした。


返信が来ただけで、ドキドキする俺。




「悠人…?」

もう、この変わっていく感情に始めに気づいていたのは誰よりも勘の鋭いマツだった。
マツの声に顔を上げたら、マツはもう感づいてた。


“悠人、恋したでしょ”

そう言わんばかりに遠くから不敵な笑みを浮かべるから。
その気持ちに気づきたくなかった俺は、顔を背けた。

真っ暗な、スマホの液晶に反射して映る自分の顔は。



いつもの俺じゃなかった。






「内田さん、衣装への着替え、お願いします。」

ハッ、としてスマホを自分のカバンに入れると、渡された衣装を片手に、上着を脱いだ。







でも、マツが言うように、俺は本当に恋愛小説にでもありがちな一目惚れをした。
立花皐月という、人妻なのに、恋をした。

だけど、その気持ちが間違えであってほしいと願った俺は。
その気持ちに背けるように、ずっと彼女とは他愛ない会話をしていたのに。





この感情が曖昧から確信に変わってしまったのは、夏終わりの通り雨だ。






全てを失ってでも。

貴方を奪いたい、そう思ってしまった。







皐月さんに会う口実。“美味しいおすすめのお店があるんだけど、どう?”
彼女は、俺が会いたいがために、吐いた口実なんて思わずに。


待ち合わせの場所。
青い、スカートを揺らして待っていた。




9月の中旬。
やっと映画の撮影が落ち着いたとき。

青いスカートを揺らす彼女を見つけた俺は。
その華奢な肩に声を掛けた。“皐月さん。”


彼女は息を飲むくらい、綺麗で。
長い、その黒髪は下したままで。
白いその肌は、汗ばんでいた。


綺麗なその瞳に、一瞬でも俺が映ったかな。


優しく微笑んだ貴方。“悠人さん。お久しぶりです。”
優しい、その声は、快晴の青に溶けた。








「待った?」


「いいえ、待ってませんよ。」

揺れる髪から香る、俊の香水の匂い。


鼻腔まで届いた、その香りにぐつぐつ、と独占欲が増していくこの想い。
その思いを抹殺しつつ、冷静さを装った俺と、


綺麗な笑顔を浮かべる、皐月さんは。
ある一定距離の隙間を埋めないまま、歩き出した。








東京都心にある、おすすめのお店、というのは。
本当に隠れ家的なフランス料理が味わえる店で、芸能人も足繁く通う。
俺も、お世話になっていて。

全室個室の、その部屋は落ち着きがあって、独りで行くことがある。
だけど、こうして女の人、ましてや、一般人をこうして、連れてくることは無くて。


“うわぁ、落ち着いた雰囲気で素敵ですね。”
そう言った彼女の目は誰よりも輝いていた。








いつものように、頼んでいるコースで店員にお願いすると。
皐月さんは“慣れてるんですね。”って言った。



「まぁ、このお店に一人で来ること多かったから、慣れたよ。」
「へぇ。流石ですね、おしゃれなお店から、なんでも知ってる。」



大体の知識、ウィキだけど…。
なんて、事は言えず。

“まだまだお勧めのお店、たくさんあるんです。”と言ったら、
彼女は“教えてください。知りたいです、悠人さんがお勧めするのお店。”。



もう、悪魔的にいちいち、俺の胸突っついてくる皐月さんがずるい。
それから、すぐ、店員の手によって持って来られた前菜と頼んだカクテル。



「夏野菜と海の幸のテリーヌで御座います。」


洒落た皿に盛りつけられた前菜。
皐月さんは“綺麗”とは言うけど。


若い世代がする、写真を撮るという行為をしない。




「…写真、撮らなくていいんですか?」
「あぁ、よく友達とかにも言われるんですけど。SNSとか、してないんです。

それに、写真を撮るなんて失礼な行為はしたくないですし。
目に焼き付けておく方が、私は好きです。」


ちゃんとした女性だった。
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