夢幻の騎士と片翼の王女
ゆっくりと彼女の身体を引き寄せ、湖のほとりにそっと降ろした。
私はすでに何人もの人間を殺している。
それが一人増えてもなんてことはないのに、なぜそうしなかったのか、自分でもよくわからなかった。



アリシアは、泣いて逃げるかと思いきや、再び私の傍に腰を降ろした。



「僕が怖くないのか?」

「怖くなんかないわ。」

「怖くないだと?殺されるかもしれなかったのに…?」

「あなたはそんなことする人じゃない。」



アリシアは毅然とした顔で、私をみつめた。
私はその強い視線から目が離せなかった。



「私にはわかるの。あなたは悪い人じゃない。
その人が良い人かどうかは目を見ればわかるって、お父様が教えて下さったわ。」

アリシアのこまっしゃくれた物言いに、私は思わず噴き出してしまった。



「何がおかしいの?」

「おまえがおかしなことを言うからだ。
良いか?おまえはまだ子供だから、判断がつかないんだ。
僕は、とても悪い魔導士だ。
悪いことをさんざんやって来た。
……人だって何人も殺した。」

私がそう言うと、アリシアは瞳を大きく見開いた。
ほら見ろ、私が怖いだろう?…そう思った時…



「どうしてそんなことをしたの?」

それはとても意外な質問だった。
まさかそんなことを訊かれるとは思ってもみなかったから、私はすぐには返事が出来なかった。



「何か、よほどの理由があったのでしょう?」

心が震えた。
今まで、私の言い分を聞いてくれる者さえいなかったのに、この小さな女の子は、私を恐れる以前に理由を訊ねたのだから…



「そ、そんなものは…ない!」

「いいえ、あなたは理由もなく悪いことをする人じゃないわ。」



その言葉に、私の心は大きく揺さぶられ、泣きたいような気分を感じた。
それがたとえ、その場しのぎのいい加減な嘘だったとしても、ロイドを失ってから、初めてかけられた温かい言葉だったから…



「悩みがあるなら、ご両親に相談してみてはいかがかしら?」

「僕には両親はいない。」

「……そうだったの。じゃあ、お友達は?」

「そんなものいない!」

「だったら…今日から、私がお友達になるわ。」

「え?」

戸惑う私の前で、アリシアは立ち上がり優雅に片手を差し出した。
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