ヴァージンの不埒な欲望
私が座っている席から一つ空けて、拓夢さんが座っていた。右手だけで頬杖をつきながら、私を見る拓夢さんと目があった。
「ひっ……」
右手で口元を覆い『拓夢さん!』という呼びかけは、なんとか口の中に収めた。
私は混乱していた。ワクワクしながら本を見ていた拓夢さんを、見守っていたはずなのに。いつの間にか拓夢さんは、私の隣の隣の席にいた。
いつ?私、どうして気付かなかったの?
が、自分のやらかした事に、すぐに思い至る。
謝ろうと息を呑んだ所で、拓夢さんの長い人差し指が、スッと自分の唇に当てられた。
しまった。図書館だという事を、忘れかけていた。私が唇をギュッと引き結ぶと、拓夢さんが「行こう」と唇だけを動かした。
コクリと頷いて、拓夢さんと二人で静かに席を立った。それぞれの本を書架に戻し、図書館の出入口に向かう。
歩きながら、頭の中を整理する。
拓夢さんの様子を見ていたはずが、結局、自分が本を読む事に集中してしまったのだ。そうなると私はもう、周囲の情報を全てシャットアウトして、自分の世界に入り込んでしまう。だから拓夢さんが動いた事にも、全然全く、気付かなかった。
今さらのように、時間が気になる。ポケットの中のスマホを取り出して、時刻を見る。
十三時二十六分!私はどれだけ、自分の世界に入り込んでいたのか。拓夢さんをどれだけ、待たせてしまったのか。